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セールスマンのsacoのレビュー・感想・評価

セールスマン(2016年製作の映画)
3.0
舞台上に『セールスマンの死』のセットが組み立てられていくオープニングから、突如画面が移り主人公夫婦が住むアパートが強制解体され住人が逃げ惑うシーンに繫がる。そこはテンポが良く先の展開に興味をそそられた。

そして、夫婦が移り住んだアパートで夫の不在中に妻が強姦にされるという事件が起こった。警察に届け犯人を捕まえる事を頑なに拒む妻(犯人についても何も語らない)と、何としても犯人を捕まえたい夫。穏やかで仲睦まじかった夫婦の気持ちが少しずつすれ違い離れていく。そして、遂に見つけた犯人は意外な人物だった....。

アーサー・ミラーの『セールスマンの死』を知っているか否かで本作の解釈が微妙に違うのかもしれないと思う。
主人公夫婦(夫エマッド、妻ラナ)が事件と同時進行で演劇『セールスマンの死』を演じている事で、実生活で起きている事に対するそれぞれの感情が、複雑に揺れ動く。ラナが犯人について口を閉ざしたのは、単に世間体やイランの社会では強姦は女性も罰せられるから、では無かった。エマッドが犯人を捕まえて、その虚をつく意外さに愕然とするのも、演劇上の主人公の感情に寄り添ったところに起因するのかもしれない。エマもまた同じ。
被害者だったふたりが、ラストではある種の加害者的な罪悪感を抱えた様な、それぞれが浮かべる複雑な表情が夫婦の行く末に不穏な影を落としてみせる。

人の気持ちが時の経過に従って、微妙に変化していく様子を謎をもたせながら丁寧に描いてあるが、途中ちょっと睡魔に襲われた。

イスラム教の戒律や、イランの社会情勢、慣習を少なくとも理解して観なければ、分からない部分があるのかなと思ったけど、今回はそれよりもタイトルにも関係している『セールスマンの死』を良く知らずに観たら、深層心理に分け入って真の理由にはたどり着かないかもしれないと思う。

私は残念ながら、鑑賞後に慌てて演劇内容を確認して、今回の映画を観た直後はモヤモヤしていた気持ちが、後から徐々にはっきりとしてきたというのが正直なところです。

イラン映画で私が好きだったのは『オフサイド・ガールズ』『亀も空を飛ぶ』と、今回のアスガー監督の『別離』。
分かりやすい映画が好き。
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