時は昭和…田舎町…
少年野球のグラウンドは町外れにあって練習が終わると、とにかくだだっ広い空き地や川沿いの土手なんかを抜けて僕たちはテクテク歩いてうちに帰った。
土手の外れにポツンと小屋のような家があり、周辺には廃品のような物が雑多に置かれていた…
「あのゴミ家には近づいちゃいけませんよ」低学年の頃、母親によくそう言われたものだ…
その小屋にはいつも足を引きずって歩くおじさんが一人で住んでた…
その日…練習を終えた僕たち三人組はいつものように土手を歩いて帰っていた…もう日も暮れかけて辺りは薄暗くなってくる時間だった…
その小屋を通りがかった時、突然のダミ声に僕たちは立ちすくんだ…
「お前ら!今日はホームラン打ったんか?」
そこに置いてあるぼろぼろになった廃車の陰からヌッとおじさんが現れた…
僕たちは顔を見合せたがケンジが代表して答えた…
「いいえ、今日は打ってません」
「そうか…お前らが野球してるのを時々見てる…お菓子食べるか?」
僕たちは早く家に帰りたかったがおじさんを怒らせるのも怖いと思い…うなずくと古タイヤに腰を下ろした…そしておじさんからキャンディとか…でかいヤカンからお茶をもらった…
おじさんはそこに置かれてあるあちこち破れたソファにドカッと座ると色々質問してきて…僕たちはそれに答えた。
いつの間にか辺りはとっぷりと日も暮れてしまった…小屋の入り口についてる裸電球がそこを照らしてるだけだった…
僕は思った…
(困ったな…ずいぶん遅い時間になってしまった…そろそろ親が心配して騒ぎにでもなったら厄介だな)
だけど僕たちは何故かそこを離れるタイミングを失ってしまっていた…
おじさんは脚が悪い…僕たちが走って逃げれば簡単に逃げられるのはわかっていた…だけどそんなことをしたら、おじさんは傷つくだろうな…とか子供ながらに気を使ったり…ちょっと怖かったのも事実だった…
何度か…もう帰らないと…と言った気もするがおじさんは話をやめなかった…
どれぐらい時間が経っただろうか?
暗い土手の向こうからたくさんの光(たぶん懐中電灯)と大勢の大人たちが口々に何かを呼び掛けながらこちらへ近づいてくるのを僕たちは呆然と見ていた…
「サバービコン」
劇場に観に行こうとしたけど時間が取れずにスルー…DVDがリリースされてからも、あんまり良い評価を聞かなかったもんだからなんとなく後回しにしてしまってた映画…
観たらメチャ面白いやん!
これはジョージ・クルーニー兄貴がコーエン兄弟になろうとした映画!
彼なりの「ファーゴ」に挑戦している…映画はもちろんドラマ版まで全部観てしまうほど「ファーゴ」好きのおれとしてはこの兄貴版も負けないくらい面白かったです!
そしてこれは少年の目から見た大人の社会をデフォルメした物語だと思いました。まだ世の中を知らず純粋な少年にとって自分を取り巻く大人たちは時に親までもが得体の知れない怪物に見えるものです…
そしてそれを乗り越えて大人へと近づいていく…
もうその怪物たちの攻防戦の面白さにあれよあれよと見終わってしまいました…
やっぱりジョージ兄貴上手いよ!
野球帰りの僕たちがおじさんから思いもよらない接待を受けたこの夜の出来事はけっこうな大事件になってしまいました。
ヒステリックにおじさんを糾弾する大人たちとその先頭にいたお巡りさんが恐ろしく、僕たちは決して無理やりおじさんに捕まってたわけではない…逃げようと思えば逃げられたのにそれをしなかっただけだ…とおじさんを擁護することが何故か出来なかった…
泣きたいような気持ちでそんな大人たちを眺めているだけだった…
おじさんと町の人々の間には昔から様々なトラブルがあったようだった…
結局今回の顛末は僕たちに知らされることはなく、おじさんは町から姿を消してしまった…警察に捕まったのか追放されたのか…自分から出ていったのか?僕たちにはわからないままいつしかこの出来事は忘れ去られたのでした…
おじさんはただ寂しかっただけではなかったのか?
今でも微かな罪悪感と共に僕たちにダミ声でずっと話しかけてたおじさんの姿を思い出す…
「お前らは野球選手になりたいのか?おれも昔は野球選手だったんだぞ…ホームランも打ったことあるんだぞ…」
おじさんの小屋があった辺りは今では小綺麗な公園になっている…