みかんぼうや

幼な子われらに生まれのみかんぼうやのレビュー・感想・評価

幼な子われらに生まれ(2017年製作の映画)
4.5
【再婚夫婦の過程に起きる家族間の摩擦。感情むき出しの子どもと冷静さを保ち切れず感情的になる親の異常なまでのリアリティ。現代邦画に求めるものが詰まった傑作】

一時期マイ邦画ブームで10本中8本は現代邦画を観ていたのもかれこれ半年以上前。気づけば久しぶりの現代邦画だが、「まさにこういう邦画が観たかった!」という、現代邦画の良さが全面に出ていた作品。もうこの映画の隅から隅までがとても好き。個人的には現代邦画屈指の名作だと思うが、フィルマの点数は意外に低めで少し驚いた。決して明るい話ではないし、好みの問題かな。

前妻との間の小学6年生の実娘とも良好な関係を築く田中信(浅野忠信)とその再婚相手・奈苗(田中麗奈)、そして奈苗の連れ子の2人姉妹の4人の家庭の物語。前妻との娘に対しても、今の妻の子どもたちに対しても、良き父としてできるだけ優しく穏やかに寄り添おうとするが、連れ子の長女・薫の反抗的態度から始まる家族内の摩擦にイライラが募り、ふとした瞬間に我慢できずに感情が爆発させる(でも子どもには当たらないよう努める)夫・信にも、夫が事態をなんとか解決しようとするあまり前夫とのことをほじくり返され感情的になっていく妻・奈苗にも、その特殊な家庭環境に苛立ち反抗する長女・薫にも、それぞれの立場や思いを考えると、その気持ちを理解せずにはいられない。そう、各々の思いに決して“悪意”などなく、ただ各登場人物が自分の観点からうまくいかないことに苛立ち苦悩する。

そんな家族の微妙な摩擦から、お互いが感情を爆発させていくまでの過程が異常なまでにリアル。私は、アラフォーの男で、ちょうど本作の夫・田中信に近い年代なので、どうしても彼目線から作品を捉えてしまいがちで、彼の穏やかに事を解決しようと、自分の気持ちを一生懸命鎮めて冷静に対処しようとしているのに、色々な問題が累積して、分かっていても思わず声を荒げてしまう感覚が、非常によく理解できる(私もそうならないように努力しているつもりだが)。その感情の変化の過程、使われる言葉回し、感情の高ぶりを表現する演技がとにかく見事なのだ。

この作品の面白いところは、「こういった家庭の摩擦は、家族同士がしっかり向き合って、コミュニケーションをとって解決していくことが大事」というありがちな答え(私もそう考えてしまいがち)に対して、「世の中そんなに甘くない」と突っぱねんばかりの現実を見せつけるところにある。夫・信は、なんとか問題を解決しようと長女・薫に寄り添って一生懸命話を聞いて理解しようとしたり、娘に対して感情的になる妻・奈苗を落ち着かせようとしたり、コミュニケーションでの解決を模索しようとする。しかし、まだ小学生で、そんな大人の男性視点で物事を鎮めようとすることに納得できるわけもない薫は、その父親の態度に余計に腹が立つのだろう。このお互いの立場や考えの違いがなんとも絶妙に表現されている。

このリアリティは、巧みな演出と脚本はもちろんのこと、俳優陣の演技によるものも大きいと思うが、中でも主演浅野忠信の演技が圧巻。上記のとおり、優しく寄り添おうと努める父親が積み重なるストレスで感情的になっていく様の演技が素晴らしすぎる。実は浅野忠信の演技を見るのは「淵に立つ」以来で、あの作品ではただただその“怖さ”が際立っていて(個人的に「羊たちの沈黙」のレクター博士より不気味でした)、あの作品以降、浅野忠信の顔を見るだけで“怖さ”を感じてしまっていたが、この作品で、普通の父親役を見られてちょっと安心。ただ、「淵に立つ」の演技と本作でも共通していたのが、普段飄々としている中で瞬間的に感情のコントロールがきかなくなった時の演技の“凄み”で、このあたりは浅野忠信の演技力の真骨頂なのかもしれない。

ちなみに、中盤以降で登場するクドカン演じる田中麗奈の元夫。話のキーパーソンになっていくのだが、こちらのクドカンの演技も役柄にドンピシャ。彼の演技をあまり観たことが無かったのだが、こんなに演技できるんだ。俳優としても段々とリリー・フランキー的なポジションになっていくのかな!?とさえ思ってしまった。

総じて息苦しさも感じる話ではあるが、終盤の薫の人形のくだりには思わず涙させられ、前妻の子と今の家族が接触する後半の展開も含め、入り組んだ家族関係が絡み合っていく脚本の巧さ、そして、一つひとつがとても丁寧な描写ながら物語としてしっかり動き続ける展開に、最後まで全く飽きることなく、時間を忘れて食い入るように観てしまう映画だった。

三島監督の作品はこれが初めてだが、このリアリティ溢れる描写には非常に惹かれるものがあった。自分たちが住む日常を投影できるような身近さを感じ、登場人物たちに感情移入したり自らの経験を重ね合わせやすいことが邦画の一つの魅力であるとするならば、本作はその魅力を最大限に発揮している。これは他の三島作品にも注目せずにはいられない。
みかんぼうや

みかんぼうや