とても薄気味悪い…それなのに色々と考えさせられるという作品。
カメラワークや劇伴が特徴的で、それが雰囲気を煽っており不穏さを強調しています。
あらすじは
心臓外科医のスティーブンは、眼科医の妻、娘と息子の4人家族でハイソな生活をおくっている。
スティーブンはマーティンという青年を家に招き、家族に紹介したことから子供たちにおかしな現象が起こりはじめる…
不条理な出来事に対して個人的ドグマな正義、報復、犠牲などが連想されます。
古代から東西を問わず、天変地異を神々の怒りとして恐れ、それをなだめるために人身御供があったように宗教には犠牲がつきものです。
その考えを否定し、体系的に世界を説明しようとプラトンはじめ、アリストテレスなどの古代ギリシャの叡智により哲学が誕生しました。
科学思想がこれだけ発達した現代においても、人は目の前で起こる理解を超えた現象に、恐怖心と混乱を起こします。
劇中に登場するイピゲネイアの神話は、あくまで通過点の1つで、元を辿ればリュディア王タンタロスから代々この家系にはずっと呪いがかけられていました。
一見すると自業自得、因果応報という物語に、不合理なものは全て神のせいにする神話をチラつかせる監督の厭らしさが強烈です。
しかしながら、そもそも〝家族愛〟などという言葉や定義はどこからやってきたのでしょう。
ラストのマーティンの表情は何を表していたのか?
好きなものは最後にとっておく派のマーティンは、スティーブンに選択肢を与えることで、彼が決断出来ないと思っていたのかもしれません。
マーティンを見つめる側には、禍根が受け継がれていくような、そんな最後に見えました。