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遠い夜明けのbutasuのネタバレレビュー・内容・結末

遠い夜明け(1987年製作の映画)
3.5

このレビューはネタバレを含みます

かつての南アフリカ、アパルトヘイトのおぞましさを克明に描いた名作。こんなことが実話だというのだから恐ろしい。

知識がなく、黒人の英雄"ビコ"についてもよく知らなかったため、中盤でいきなりビコ(デンゼル・ワシントン)が死んでしまったのにはとても驚いた。デンゼル・ワシントンは本当に素晴らしく、知性と自信と野性味と凄みを感じさせる彼の立ち居振る舞いは、まさしくカリスマとなるにふさわしい説得力があった。

白人の考える"黒人差別撤廃"はあくまでも上から目線で"今より少しでも上の地位につけてやろう"という綺麗事でしかない。そうではなく必要なのは完全に対等で人間同士であるという認識を持つことであり、この国には黒人たちが築いてきた文化や歴史があるということの尊重が必要。そして、最も変えるべきなのはむしろ黒人たちの意識。黒人たちに根付いてしまっている劣等感を根本から取り除いてやることこそが大切である、というビコの理論は独自性がありながら至極真っ当でしっかりしている。

その彼が、あれだけの人物が、拘置中に警官たちから暴行を受けることであっさりと死んでしまう。この死をもっといくらでもお涙頂戴で劇的に描くことは出来ただろうに、あえてあんなに短いシーンにした演出の判断が偉い。だからこそ観ている我々の驚きと喪失感は物凄いし、後からじわじわと怒りと悲しみが湧いてくる。

後半は主人公の記者が脱出する展開で、やや冗長ではあるもののスリリングで悪くない。特に奥さんや子どもたちが脇役ではなくしっかりと芯の強い表情をして懸命に不安や悲しみと闘っているのがとても良かった。

ラスト、これまでに拘置中(裁判無し)に死亡した黒人たちの"公式の死因"(ほとんどが自殺か記載なし)が延々と出てくるくだりは、心底吐き気を催した。ただ、主人公一家のその後については、調べればわかるとはいえ、もうちょっと補足がほしかったかな。映像的に「無事に脱出できるかどうか…」というシーンで終わらせるのは、ちょっと消化不良。

原題の"Cry Freedom"も邦題の「遠い夜明け」も、どちらも素晴らしい。近年まで国策として白人によってとられていたアパルトヘイトの実態を知るためにも、全人類が一度は観ておくべき映画だ。
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