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公衆作法 東京見物 PUBLIC MANNERS : TOKYO SIGHTSEEINGのdm10foreverのレビュー・感想・評価

3.6
【田舎の父さん、東京さ行ぐだ】

(あらすじ)
海外に渡航する息子の見送りに故郷から出てきた父娘が東京見物をするという設定を通して、公共マナーへの理解を促すことを目的に製作された作品。
震災から復興した東京の各所がスケッチされ、上野・帝国図書館のくだりでは、公衆作法講演会に参加するという作品の舞台裏まで登場する。
車上に載せたキャメラによる移動撮影や多重露光など実験的な試みも注目される(Youtube解説より)

これは当時の文部省(現文部科学省)によって製作された一緒の「啓蒙ビデオ」のようなものと見ていいのかな・・・。

田舎に住む父娘が、仕事で海外渡航してしまう息子に会うために東京を訪ねる・・っていう内容なんだけど、もうその道中からハチャメチャ。
今で言うところの「マナー」が相当悪いんだけど、これははっきり言ってしまうと、まだまだ道徳教育が日本中に浸透していなかったことによる「民度の低さ」のようなものなのかな・・・。

『列はキチンと並びましょう』
『切符を買う時に高額紙幣を使うと後の人に迷惑です(お釣りで時間がかかります)』
『横入りは止めましょう』
『窓から物を投げてはいけません』
『一人で二人分の席を占領してはいけません』
『一人で化粧室を長時間占領しては・・・・・』

・・・まぁ高額紙幣云々なんてのは別に悪い事でもいからこの辺は「配慮」っていう意味なのかもしれんけどさ・・にしても、みんなマナー悪すぎじゃね(笑)
「窓から空き瓶を投げ捨てる」とか「階段で人を押し退けて通ろうとする」とか、ヘタすれば怪我人が出るよっていうくらいの事を結構ズケズケとやっている。
怖いのは「故意」というよりも「それが普通」っていう空気感が漂っていること。
田舎の父さんから見れば「洗練された都会」というマクロな光景と、それに反比例するかのようにマナーや規範意識に乏しい人たちの姿というミクロの視点の対比が滑稽にも映る。

まぁ「啓蒙ビデオ」的な意味合いも多分にある作品ということだろうから、多少なりとも誇張されている部分や一極集中的に描かれているところはあるんだろうけど、それにしてもACのコマーシャルでもここまで一気に詰め込まないわって言うくらいに、とにかく「これでもか!」と言わんばかりに「醜態の限り」を尽くす人たち。

1929年の映像ということで「モノクロ×サイレント」で進む50分。
(この年の暮れにようやく日本でもトーキーが封切られたらしいので、まだまだサイレントが主流だった時代みたいですね)
途中「セリフ(文字)」や「ト書き」でちょこちょこと説明は入るので、全く理解できないということはないけど、音楽もSEも全くない状況での50分は、たまに意識が飛ぶかもね(笑)
でもそれって決して「面白くない」っていう意味ではありません。

「突飛な行動(マナー違反)をする人」と「それを見て不快に思う人」という構図だけで、キートンやチャップリンのような「町の中、人々の中にありふれた滑稽な瞬間」を切り取って、これってさ~って感じでみんなで観ているような感覚。
それこそ、教室の前方に一台だけ置かれたテレビを生徒が観てやんやと言っているような感じかもしれない。

こういう地道な啓蒙が功を奏したのか、現代の日本のマナーの意識自体はそこそこ高い方だと思うんですよね。
ただそれは、全ての日本人がマナーを守っているか?っていうのとはまた意味が違います。
最近はかなりマナーが悪い人間も増えてきましたからね。
でも、まだそういう奴らを見て「あぁマナーが悪いな」って思えるってことは、少なくともみんなにマナーという意識があるからなんですよね。

一般的に「マナー」なんて、わざわざ大人に対して講釈するようなものでもないとは思うんですが、今作の内容や設定を観れば、明らかに「大人」をターゲットにしていることはよくわかります。
それは大正デモクラシーで大きく変わった人々の暮らしが一歩ずつ先進国に近づくための文化的素養として自らが求めたものなのか、それとも、古き良き美徳を忘れてしまった日本人に対する自発的な戒めの意味があったのか・・・。
知性と常識を備えた大人ならその意味もわかるよね・・っていう。

いずれにしても、今の日本人にもこういう素養の教育が必要なんじゃないかな・・・って本気で思いますわ。
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