kkmovoftd

サスペリアのkkmovoftdのレビュー・感想・評価

サスペリア(2018年製作の映画)
4.5
マジで素晴らしい映画。ホラー映画の新たな到達点だと思う。オリジナルのアルジェント版も勿論ビビッドでグロテスクな御伽話のような素晴らしい作品だが、このグァダニーノ版はこれまで人間が彫琢してきた創作への試みを、総合的にホラー映画という形式にまとめあげた真にエピックな作品だと思う。
コンテンポラリーダンスをその珍奇さだけでなく、肉体の慣用的な意味付けを取り払った純粋な表現の試みとして、それも映画の本質的なメッセージとして組み込んだ映画がかつてあっただろうか。人間は他の人間から「意味」を読み取れないとしばしば恐怖を感じるものらしいが、その点コンテンポラリーダンスというのは、ホラー映画のエネルギー、リビドーを表現するのにこの上ないモチーフだったのかもしれない。ここでは最早ストーリーや論理なんてどうでも良くて、純粋な恐怖と美しさだけがある。
血と脳漿に塗れて踊り狂いながら注がれる母のような優しさに、私は泣きました。比喩ではなく涙を流して。

本作はストーリーにも細やかな手がかりが沢山散りばめてあって、ナチス第三帝国後に生きるドイツ人というテーマは勿論だが、そこにコンテンポラリーダンスが迫害された退廃芸術としてうまく絡みあったり(「我々は二度と美しい踊りはしない‼」)、精神科医・ラカン・転移というキーワードから魔女とはスクール内での妄想のリレーなのでは?という疑念が生まれたりだとか、一度見ただけでは到底拾いきれないほど。
精神科医を演じてるのがあの人なのも何かストーリー上の意味があるのかな?と思ってたら特に説明はなくて、うーんあれは私の解釈では、肉体の意味付けを超えるコンテンポラリーダンスの話なので、変に生物学的な違和を持ち込まずに登場人物全体をぼやかしたかったからなのかな、と思いました。

とここまでアルジェント版を無視して絶賛してきましたが、やっぱり旧作のヒロインだったジェシカ・ハーパーにはグッときました。また彼女のユダヤ系っぽい美しさとその役柄が哀しくシンクロしていて、目頭が熱くなる思いがしました。

終盤で精神科医のおじいちゃんが奥さんについて聞くくだりも涙なくしては観れなかったが、一方でそれらを全て忘れてしまったとしたら、我々の人生に一体何が残るというのだろうか?彼女らが言うように記憶していること、それによって苦しむことが罪なのだとすれば、我々は罪なくしては生きてはいけない存在なのではないだろうか。これは我々の負わされた原罪なのか。

忘れること。忘れ去られること。それは決して避けられるものではないが、少なくともそこに美しい何かがあったという事実だけは、そこにいつまでも残るのかもしれない。たとえそれを思い出す人が、完全にいなくなってしまったとしても。
ラストのシークエンスで新しく何も知らない若者が住み始めた精神科医の旧家に、愛し合った彼と彼女の刻印がひっそりと残されていたように。そして、それをしっかりと焼き付けておくことが、映画のひとつの役割なのかもしれない。
kkmovoftd

kkmovoftd