TAK44マグナム

パンドラのTAK44マグナムのレビュー・感想・評価

パンドラ(2016年製作の映画)
4.8
誰も、もうそれをとめられないのか?


日本では「シン・ゴジラ」のように、ある意味工夫をしないとエンターテイメントとして正面きって描くのが世情的にもはばかれるテーマを、韓国映画界がモロに福島原発事故をトレースして撮りあげたパニック映画。

これが、かなりの力作。
実際に鑑賞すると、技術的にも現在の邦画では追いつけないのではと思わされるほどの完成度を見せつけられました。
パニック描写がとにかく凄まじく、「シン・ゴジラ」からゴジラ成分を抜いたら、はたしてパニック描写の完成度で上回ることができるのか?
いや、できないなというのが正直な感想です。
娯楽要素が低めな作品なら邦画でも「太陽の蓋」という、まんま福島原発を扱った映画が存在しますけれど、位置的にお隣であり、しかもエネルギーを原発に頼っているのも同じである韓国もまた、いかに福島原発事故に関心が強いのかが良く分かります。
しかも、しっかりとエンターテイメントとして成立させているのが凄い。
邦画でも、このぐらいの規模のエンターテイメント作品として、真正面から「あの時」に焦点をあてた映画が作られ、それを観て現実に危機の渦中で生活しているんだという事をまた思い出せれば良いのではと思いますが、やはり実際に被害に遭われた方の心情や受けるであろうショックを考えると難しいのでしょうね。


昔、企業ビデオの製作会社に勤めていた頃、東海村の動燃に撮影で行ったことがありまして、しっかりと内部の様子を見学させてもらったのですが、職員の方が冗談半分で「この鉱石をケースから出したら、あっという間に死ねますよ」とか言っていたのを思い出しました。
たぶん冗談なのでしょう。
しかし、いざなにかあったら人間の手ではコントロールできないものに如何に頼りきっているのか?その事実をよくよく考えた方が良いことだけは分かります。
冗談を言っている場合じゃないのです。
ゴジラはフィクションですが、原発を含めた核こそ、今そこに普通に存在する危険だということを認識しておくことが大事なのではないでしょうか?
「そういえば原発ってあるけど遠いから関係ないや」で済ませてはならないと思うのです。


本作は、ただ原発事故が起きるだけではなく、国家の存亡の危機というマキシマムな政治ドラマと、ある一家の悲劇というミニマムな人間ドラマが並行して描かれます。
国家が国民を見捨てるような、信じられない描写は流石に少し行き過ぎのような気もしますが、あながちこれほど大規模な危機を前にすると、そんな酷い判断がされる事もあり得るのではないかと、背筋が冷たくなりました。

終盤は、かなりお涙頂戴な展開になり、湿っぽくなってゆくのですけれど、最後に主人公が訴える言葉の数々が、かなり重く響きます。
一体、罪を背負うのは誰なのか?
危険なパンドラの箱を、そのままにしたのは誰なのか?
我々日本人こそ、よくよく考えていかなければならない命題だと思います。
そして、一番受け止めなければならないのは、決して無責任でいてはならない方々です。
原発というパンドラの箱を開けてしまうのかどうかの鍵を握っている、政治家や官僚や経営者や技術者の方々こそ、今一度襟を正さないとならないだろうし、その姿勢を我々も無責任にならず監視してゆかなければならないのではないでしょうか。
それが、しいては自分たちの日常を守ることに繋がるのですから。

そうは言っても、日々の生活の中で記憶も薄れ、どんな大事件であろうと風化してゆくものです。
そんな時、たまにはこういった力の入った映画を観て、「自分たちの生活を維持しているものは、いざとなればコントロールの効かないパンドラの箱なのだ」と、再認識する事が大切なのだと、強く思い知らされました。


「どうして死ななければならない?」という主人公の問いに対して、答えられる者は大統領をはじめとして誰一人いないのです。
いつか、そんな問いかけがされる事の無い未来で生きたい。
心から、そう願ってやみません。


NETFLIXにて