odamakinyan

セザンヌと過ごした時間のodamakinyanのレビュー・感想・評価

セザンヌと過ごした時間(2016年製作の映画)
4.6
アマプラで鑑賞。印象派の時代のことは不勉強で出てくる画家たちの立ち位置がわからず、おそらく半分ぐらいしか理解していない、しかしラストには感動した。ゾラの小説は読んだことがないが、セザンヌがアラブ系の人で幼い頃からの友人であり、小説のモデルにされていたことは知らなかった。セザンヌは性格が豪放磊落で、思ったことはすぐに口に出してしまうタイプだった。そばにいたゾラが彼が画家ということもあり、小説のモデルにしやすかったのだろう、しかしそのことで友情に亀裂が入ってしまうことは避けられなかった。小説のモデル問題は日本の文壇でも起きているが、友人である場合こんなことになってしまうのだろう。しかもラストシーンでそのセザンヌのわずかばかり残ったゾラへの友情も裏切られてしまう。なんとも切ない老後の話である。

かすかに明るい話なのは、最後にセザンヌのところに画商が来るようになり、絵が売れるようになったことだ。セザンヌの絵は私も中学生の頃美術部で、こんな絵が描きたいと思った絵のひとつだった。俺は印象派ではないと映画中でセザンヌは語っていたが、点描ではない筆致でおおまかに色を置いていく後期の画風は、絵の初心者でもまねがしやすい。しかしそれもしっかりしたデッサン力に裏付けられた絵画であり、同時代のピカソもそのような画風になっていったから、当時の画壇がアカデミズムから庶民のものへ移る潮流のひとつだったのだろう。ゾラが文壇のアカデミアに君臨した描写だったのとそれは対照的だ。

女性遍歴の話をできなかったが、映画中の描写が史実に基づいているのだとしたら、セザンヌは非常に気の毒である。一時間50分。
odamakinyan

odamakinyan