ぐるぐるシュルツ

ライフ・イットセルフ 未来に続く物語のぐるぐるシュルツのレビュー・感想・評価

4.7
信頼できない語り手。
でも真摯な聞き手。
僕はあなたで、あなたは僕。

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2019年最後に観た映画。
ふさわしかった。
涙は最初から何度も溢れたよ。

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ボブディランの『タイムアウトオブマインド』を背景にしながら時間を超えて人が繋げていく事の意味を問う作品。
脚本が素晴らしいという噂は聞いていたけれど、

でも、伏線回収とか運命的な出逢いとかは作品の本筋とは全然関係ないように思えた。

主題はど真ん中だけれど、
やっぱり『信頼できない語り手』。

このテーマ硬質なようで、現代文学でも欠かせない要素。
語り手が語ることは必ずしも正しくない。それが主人公であっても、ナレーターであっても。
僕らは嘘をつくし、記憶違いもざらにある、妄想だらけで事実を捻じ曲げる。そして、その上で物語っていく。
語ることは、つまり騙ること。

これは実は凄く恐ろしいこと。
僕らは結局自分で語ることしかできないのに、それが信頼できないとなると(小さいトラウマや薬の副作用などそれは色々な深度で訪れる)、僕らは破滅してしまう。

シェイクスピアのような原点古典でも主題となるし、古典ミステリーみたいにどんでん返しで意表をつく技にもなるけれど、
一方で、ノーベル文学賞作家のカズオ・イシグロ作品みたいに、「信頼できない語り手」は人間の持つ「揺らぎ」を確かにそっと伝えられたりする。
本作品も、初っ端は、ただ驚かせるようにエンターテイメント的に「信頼できない語り手」を用いてくるんだけど、
後半からはそれは人間への優しい眼差しになっていく。ヒトは不安定だから、いいんだよって。

そして、めちゃくちゃ面白かったのは『信頼できない語り手』の二歩先をこの作品内で打ち出してまうこと!!
二人の祖母によって、その答えは導き出される。

1.一つ目は、主人公の奥さんが出す答え。語り手は信頼できない。唯一信頼できるものは地の文だけ。それを人生に置き換える。僕らの一人一人のストーリーは信頼できない。でも人生で今目の前で起こる一つ一つの出来事(人生の地の文=Life itself)は信頼できる、ユリイカ!
正に彼女が人生で味わった全ての重苦を丸ごと肯定する、この力強さと儚さ。

こうして作品は前半部を終える。
でも、彼らを巡る人生は、創り話だからこそってくらいめちゃくちゃに交差していく。悲劇は悲劇を呼び、人生の絶望は一人一人に課せられていく。

じゃあ、本当に人生そのものは信頼できるのか?
愛するものは愛を知った時に死に、死は死を手繰り寄せそれを離さない。裏切りや嫉妬はやがて無力感に繋がり、後悔しても苦労に耐えても人生は報いない。一人一人お別れしていく。

2.そんな中で、最後に提示される、もう一つの答え。
それは、僕らの物語は僕らだけの物語じゃないってこと。
一人一人のヒトは信頼できない。そして、人生だって信頼できない出来事ばかり起こる。
でも、この物語は実は一人一人の物語じゃない。
だからこそ、この長い物語を私は信頼する。
できるじゃなくて、する。
親や祖父や祖母、更にずっと先祖から、大きな物語が続いてる。昔からずっと(タイムアウトオブマインド)、愛を伝えてきて。
だから、私の物語は私じゃ終わらない。もっともっと幸福な展開が私の子どもたちを待っているかもしれない。ハッピーストーリーになるかもしれない。頼むから幸せな物語を紡いで、私に見せてね。あなたの物語は私の物語だから。
あなたは私だから。
だから私は信じる。

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信頼できない不安定さの上で、時代を超えて紡がれていく家族や人々の歴史(=物語)こそが信頼しうる。

観た後にめちゃくちゃ頭を捻ったけど、
まだ自分でもこの逆説の三段論法は腑に落ちていないから、考え続けなきゃいけないみたいだ。

でも、この作品にはかなり心が揺れたから、
きっと自分には大切なテーマだと思う。

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信頼できない語り手についての面白いTEDがあったよ。
https://youtu.be/O_MQr4lHm0c