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デトロイトのマーチのレビュー・感想・評価

デトロイト(2017年製作の映画)
4.2
「どうしてトイガン(おもちゃの銃)だったことを言わなかったの?」という意見を見かけますが、あの緊迫した雰囲気で言える訳ないというのもありますし、それよりもあの狂った状況でそんなこと言っても「はい、そうですか。」と言って信じるような奴らでは無かったと思いますよ…あの警官たち。


【レビュー】

《今夜を生き抜け》

紛れも無く、
キャスリン・ビグロー史上最高傑作!!
鑑賞中、怒りの涙が何度も流れた。

1967年、ミシガン州はデトロイトの暴動の最中に起こったアルジェ・モーテル事件を、当事者の証言に基づき忠実に再現してみせたこの作品は、前2作で確かなものとなったハンディカメラによるドキュメンタリータッチな撮影法を応用し、同時に何台ものカメラを使用して撮影することで臨場感たっぷりに描いており、観客は自ずとその世界に引き摺り込まれていく。

アニメーションでアメリカにおける黒人の歴史を簡潔に分かりやすく説明する導入がキャッチーで構成として素晴らしい。暴動のシーンを活写し、次第にアルジェ・モーテルの事件へと移行し、それを受けての裁判でアメリカの歴史の闇を炙り出すという複数のストーリーラインを見事に捌き切る監督の手腕には驚かされた。どのシーンも刺激的で目を離せないし、142分という長めの尺に内容の重みが重なって、鑑賞後はひどく疲労を感じる。しかし、142分なのに冗長に感じるところは一切ないし、どれもアメリカの歴史における悲劇の一端を描く上で欠かせないものとなっていた。
監督は、もう人間が映画で最大限得られる緊迫感の出し方を熟知していると思います。緊張の糸が緩まないような緩急のバランスもホントに絶妙でしたから。

音楽は前半に登場するマーサ・リーヴス&ザ・ヴァンデラスの「Nowhere To Run」が逃げ場のない後半の展開を示唆していて年代に合わせた面白い使い方をしているし、是非エンドクレジット最後まで席を立たないで欲しい理由として、エンドロールで流れるザ・ルーツの「It Ain't Fair」(公平じゃない)が今作における唯一の叫びとなっているから。

また、役者陣の演技が全員素晴らしく、配役がここまで完璧な作品も中々無いと思う。
キャスリン・ビグローは劇中における役者の“一般化”演出が卓越していることは過去作で証明済みではあるけれど、今回は特に凄かった。

中立で葛藤する黒人警備員を演じたジョン・ボイエガにはSWシリーズとは対極な役でも繊細に演じられる幅の広さを見せつけられたし、アルギー・スミスはグループを脱退してトラウマから立ち上がろうともがく歌手志望のラリーを演じていて、作中何度か訪れる歌唱の瞬間の美しい歌声には圧倒された。また、ドラマ部分での表情の使い分けがどれも見事で素晴らしい。
ハンナ・マリーが出てるの知らなくて、久しぶりに見て健在のキュートさにうっとりしていましたが、彼女も今作の重要なポイントを担っていますよね。というのも、この作品は女性蔑視の観点にも目を向けていて、女性というだけで差別され、作中では白人男性警官による白人女性たちへの暴力や辱めがあるように、精神的に傷を負いかねない卑劣な行為が差別的精神の現れを物語っています。そういった多面性を含んでいるという点でも、この作品は非常に希有な存在ですし、監督が如何に今の社会に怒りを感じているかが伺えます。

そして、今作で1番強烈な印象を残していくのは白人警官役のウィル・ポールターで間違いないでしょう。卑劣極まりない差別主義警官を演じている彼ですが、実際には2、3人の人物の混合だそう。だからこそ罵倒、暴力、殺人と悪行の限りを尽くす彼の姿は凄まじく、観ているだけで殺意さえ湧いてくる。ただ彼の興味深いところはそもそもが絶対的な悪人だったという訳ではなく、正義を履き違えてしまった誰もが陥りかねない危うい存在なのだというところ。冒頭で彼が巡回しているシーンが特に象徴的。街を想うが故の曲がった正義感が、次第に黒人差別へと牙を剥いていった彼の姿を理解することは到底できないけれど、「誰もが産まれながらにして差別主義者な訳ではなく、生きていく過程の間違った解釈で悪を悪だと気付けず、正義として疑わない状況に陥り、己の義務や信念がそれを更に加速させてしまうこともあるのだ」という根源的な真理の潜む二面性の描写は大変興味深かった。その最低なレイシズムの塊のような警官を、ウィル・ポールターの名演が忘れられないものにしている。彼はアカデミー賞にノミネートしてもおかしくないくらい迫真の演技だった。

作中で白人警官が無防備な黒人を銃撃しているシーンがあるけれど、あそこで2014年にミズーリ州で起きたある事件を思い出した。(詳細は省くけど、)それは白人警官が口論の末に丸腰の黒人青年を射殺した事件で、なんとその警官は何の罪にも問われていない。つまり、この映画の事件から半世紀が経過した今でも何ら社会は変わっていないということになる。作中で、職務なら警官は暴力も厭わないとかいう旨の正気とは思えない発言があったけれど、法の上に警官が居座るような社会は絶対におかしいし、そんな世界に生きていたくない。人種問題を題材とした映画(『ムーンライト』『それでも夜は明ける』など)がオスカーを受賞していたり、人々がそういった問題に対して意識を持つ社会になってきているように一見思えるけれど、一方では差別的な発言をし続ける大統領が支持されているということもあるので、時代が逆行し、レイシズムが加速しているようにも思える。

これ程の熱量と誰もが観るべき歴史的価値のある作品でさえ、かすりもしなかった今年のアカデミー賞。それほどまでに他のノミネート作品全てが素晴らしいというなら異論はないけれど、作品賞の枠も余っている訳だし十分オスカーに値する作品だと思う。演者が1人もノミネートしていないことに違和感を覚えるほどキャスティングに至るまで緻密な配慮が施された傑作だった。


【p.s.】
ガキ使のスタッフは特にこの作品を観るべきでしょう。

日本は人種差別なんて存在しないから関係無いなんて思っているなら今すぐその考えを改めた方がいいと思いますよ。というのも、この作品をわざわざ劇場まで観に行く人はその辺りは十分弁えているでしょうが、日本人はあまりにも無知すぎる。なんかの映画でも言ってましたが、そろそろ「無知であることは恥ずかしい」と気付くべきなんですよ。無知であること、問題に向き合わないことはしょうがないことなんかじゃない、恥ずかしいことなんですよ。かく言う日本人も有色人種ですし、海外的にはアジア人という括りで差別にあわないとは限らない訳で、海を越えた向こうの問題という意識ではいけないんですよね。そういう意味で今作は、今の時代に観ておくべき、知っておくべき歴史に因んだ作品であるとは思うので、感覚がガラパゴス化しているなんて恥ずかしいことを言われている日本ではありますが、今作が多くの人に届き、意識改革に繋がればいいなと思う次第です。


【映画情報】
上映時間:142分
2017年/アメリカ🇺🇸
監督:キャスリン・ビグロー
脚本:マーク・ボール
出演:ジョン・ボイエガ
ウィル・ポールター
アルジー・スミス
ハンナ・マリー
アンソニー・マッキー 他
概要:1967年に起きたデトロイトの暴動を
題材にした実録サスペンス作品。暴
動の最中、あるモーテルで警察が宿
泊客に行った過酷な自白強要の行方
を、息詰まるタッチで映し出す。
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