真田ピロシキ

26年の真田ピロシキのレビュー・感想・評価

26年(2012年製作の映画)
3.2
昨年死去した全斗煥を光州事件の遺族が暗殺しようとする映画。圧巻なのはアニメで展開される光州事件の地獄絵図。デモとは無関係な家に住む赤子を背負った母親が窓外からの銃弾で頭を撃ち抜かれ、現場で逃げ惑う姉弟の姉が腹を撃たれて臓物がこぼれ落ち、積み重ねられた遺体から蝿と蛆のたかった夫を掘り出す妻とそれを見る息子に啞然とする。そのアニメに出てた人らが主となる登場人物で、生き延びた人達も人殺しの軍人大統領をTVで目にする度に尋常ではなく心をかき乱されるように深いトラウマを刻み込まれている。ちょうど全斗煥が死んだ頃に光州事件の過去から現在を死者と生者の視点から描いた『少年が来る』を読んでたので、この映画にも同じような重層的な物語を予感した。

しかし本筋に入るとそこまでのめり込めない。これは実際に全斗煥が韓国でどう受け止められてたか詳しくないため、死んだ時に国葬を見送られるほど評価がタブーになってたのに失脚してからも公然と権力を振るう姿がフィクションなのか事実に基づいているのか分からなくて戸惑う。まだ2000年代前半が舞台なので影響力はあったのかもしれない。作品中では一度も名前を出されていないのは2012年の映画で、最近の韓国民主化を描いた映画の製作者が現政権になるまではブラックリストに入れられてたと聞くので本作も取り巻く状況は色々と厳しかったのかもしれない。それを考えれば意欲作なのだろう。

肝心の暗殺計画が映画としてあまり面白く感じられないのが困る。光州事件で心に傷を負った戒厳兵が孤児を引き取り大企業を興して若い遺族を選りすぐるのだが人選は果たして正しかったのか。スナイパーはうってつけ。腕っぷしの強いチンピラも自身の罪滅ぼしを兼ねてるので分かる。しかしもう一人の警官は遺族だからって誰しもが恨みを一番に抱えて生きてるとは限らず、保身に回ってしまうのは人間としてリアルでそれを分からず読み間違える事もあると思うが、問題はこの警官を仲間にしたところで大して役に立つ事もなくて、そのためにとんだババを引くのは練りに練った復讐劇の割にどうかと。それとサスペンスを安売りしすぎていて、あと一歩で殺れるのに殺れないシーンがあまりに続くと最後辺りは「ああ、どうせ無理でしょ?」シラけた思いを抱くようになる。だからラストにも思える事は少なく。せっかくなんだから『柳生一族の陰謀』や『イングロリアス・バスターズ』みたく史実で保護してやらない思い切りを見せてくれても良かったのに。

それでも歴史的に大きい出来事を基に映画化しただけあり、単なるフィクションには留まらせない意味を持たせてたのは良かった。韓国映画でよく見る近接バイオレンスは娯楽作ではないはずの本作でも大変に生きが良くて市民のパワーをぶちかます!そしてバイオレンスチンピラ軍団を盾や警棒でボコボコにしようとする警官隊との激突は光州に置ける市民と戒厳軍の構図を擬えており、一方的に殺されてた市民側が今回は劣勢でも押し込み返してて当時の市民を追悼する。また全斗煥を警備するリーダーが元戒厳軍で、自らの行いを正当化してくれる存在を欲しているが全斗煥の事は全然好いていないのも、擁護派にすら実際は擁護させてなくて許そうとしない姿勢が見られる。昨今の韓国映画で評価されるポイントは抑えているので一見の価値はあり。