荒野の狼

シェイプ・オブ・ウォーターの荒野の狼のレビュー・感想・評価

5.0
本作は1954年の映画「大アマゾンの半魚人Creature from the Black Lagoon」から発想を得て製作された2017年の作品。オリジナルでは“モンスター”の半魚人ギルマンとヒロインのジュリーアダムスが登場するが、本作の監督ギレルモ・デル・トロはギルマンとアダムスが恋愛をしたらという意図で映画を作った。
昔からモンスター映画ではキングコングをはじめとして男のモンスターがセクシーな美女に恋に落ちて悲恋に終わるというのが一つの定番。一方、本作は、ヒロインをサリー・ホーキンスが等身大の女性として演じ、ギルマンを細身でシャープな容姿の“彼”にすることで、今までとは逆の構図を視聴者に提示している。
本作で白眉なのは冒頭のシーンで、これはナレーターが過去にあったことを回想しながら夢のような水中の家を背景にこれから語ろうとする物語について触れるもの。ここでナレーターは「愛と喪失の物語。全てを破壊しようとする“モンスター”」について語るとしているが、この“モンスター”が本作では何を意味しているのかが一つの興味となる。
また本作のジャケット写真にもなっている“彼”とホーキンスの水中でのラブシーンは女性の観客を意識した幻想的な出来栄えになっている。ギルマンは、オリジナルでは白黒映画(本作も当初白黒にするかカラーにするか議論があった)で恐ろしい怪獣といってよいものであったが(日本のウルトラQやウルトラマンに登場する怪獣ラゴンはよく似ているがラゴンの名前はLagoon(ラグーン=入り江)からであるという説がある)、本作は“彼”を演じたダグ・ジョーンズは闘牛士をイメージして演技するように監督に指導されたとのことで立つ姿は高貴でセクシーで平成仮面ライダーのようですらある。
本作は、ホーキンスのどこかしらコメディタッチの演技から、暗くなりがちなストーリーがそうならず、視聴者もハッピーエンドになるであろうという印象を持って、どこか安心して視聴できるものである(終盤になって、この予測が正しくないかもしれないと思わせる展開は見事)。それだけに、暴力シーンや性描写がなければ、より幅広い年齢層に受け入れられたであろうとする考えもあろうが、そもそも映画の発想が大人のための恋愛映画であるので、ある程度の性描写はむしろリアリティを持たせるために必要であったともいえる。
設定は1962年のアメリカのバルチモア、白黒テレビや当時のアメリカ映画、ニュースが織り込まれ米ソの冷戦の対立の構図がストーリーに反映している。内容は舞台を現代に置き換えても十分に通用するメッセージを多く含んでいるが、これを1962年に置き換えることで視聴者がガードを下げて社会問題を聞いてもらいやすくしたと監督は語っている。
テーマの一つは差別(人種、障がい者、女性、ゲイ=隣人のジャイルス、演リチャード・ジェンキンス、はゲイの設定)だが、本作でも市民権運動をする黒人に警官がホースで放水する様子がテレビで映し出されるシーン(こんなものは見たくないと映画の冒頭では言っていた隣人ジャイルスは映画の後半では“彼”を助ける側にまわっているのが印象的)などがある。
本作の一つの難点と言えば、いくつかの残酷シーンであるが、猫ファンとしては猫がギルマンにアクシデントで殺されてしまうシーンは少し残念。生命修復力のある神のようなギルマンには猫を再生して欲しかったところではあるが、監督はこのシーンを見せることで結局ギルマンは「王子さま」ではなく野獣なんだということを見せたかったとインタビューで答えている。
「野獣は愛されるために王子さまに変わる必要はないんだ。なぜならこの映画で言いたいことは、愛とは(愛されるために)変わるってことじゃなくて、理解することだから。The beast doesn’t have to transform into a prince to be loved because the whole point of the movie is that love is not transformation but understanding. 異形のものとして差別される本作の登場人物たちは、お互いをありのままに受け入れ愛し合う。ラストシーンの美しさは、そんな深い愛が底流にあるからかもしれない。
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