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ボヘミアン・ラプソディのninjiroのレビュー・感想・評価

ボヘミアン・ラプソディ(2018年製作の映画)
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誰かお願い、僕に愛する人を見付けてくれないか?(Queen 「Somebody to Love」)
実は本作、普段あまり劇場で新作を観ない私としては珍しく、昨年の封切り日しかも初回にきっちりと予約を入れ仕事を休んでまで観に行った、自分の中ではちょっとした異例の作品。何が言いたいって要は私、Queenのファンである。
しかし観賞後、モヤモヤとしたものを感じながら一定の満足感を得て劇場を後にし、一人頭の中で劇中感じたことを反芻しながら一日経ち、二日経ち、感じたことを積極的に言葉にしないまま日々は過ぎ、当時タイムラインに続々と投稿される人様のレビューを読むにつけ、まあ自分の余りにまとまりのないこんな中途半端な気持ちをわざわざレビューにしたところで誰かのお気に障るかも知れないし、などと段々と消極的になり、遂には虎の尾を踏むのを避けたい一心つまりは完全に日和ってダンマリを決め込んだ次第。そこには鑑賞前にはあんなに胸一杯に抱えていたQueenに、フレディに対する愛は全く介在しなかった。あの日抱えたモヤモヤの中にあったネガティヴな要素をわざわざ言葉に、文字に起こすことが憚られただけだ。
今般、動画配信サービスを利用し、軽い気持ちで再鑑賞してみた。今度は随分と冷静に観ることが出来た。何があの時、初回鑑賞時に胸につかえていたのかその正体がハッキリと分かった。しょうもないことだった。嫉妬だ。
男らしくないと言われても仕方ない、その瞬間は君にプライドを傷つけられるのに耐えられなかったんだ。(Queen「Jealousy」)
大好きだった君が誰かの胸に抱かれるのを想像するだけで僕は狂ってしまう。でも何事に対しても声高に好きだと堂々と宣言したり、足下に噛り付いて離れないでと泣き叫んだ事もない。ただ昔から学習してきた、そんな事態に発展する可能性を小まめに潰し、人目につかない場所で詩を編むようにこっそりと愛を育みたい、相手の気持ちはどうあれ、自分の好きという気持ちだけが満足させられたら、それが他方に伝播する頃には本来の愛の証に見た目としては程近く、しかし同時に自己愛に塗れた只の最高のマスターベーションの対象としてその対象の神性を汚しまくっている、そう気付いていながら片想いは何処までも暴走していく。例えそれが君が誰かと一緒に寝ている姿でも、万が一に両想いであっても関係ない、売上げはメロディに流れて僕の立つ袖の片隅にはいつも空白があって、結局何も満たされないステージの上、ありのままの僕は瞬きする間に現れては消える。僕の目から見える君も、そうなんだって君は気付いてる?
たった一度で構わない、君とキスが出来るなら僕は命を投げ出せる。どっちにしたって出逢った時にもう、君は僕の呼吸を奪ってしまったんだ。(Queen「You Take My Breath Away」)
セクシャルマイノリティとしての孤独、人種的偏見、餓鬼のような消費者。追い立てられる野良犬のように、人のエゴに挟まれる野良猫のように、本来ならばそこに居る事に何ら不自然はない筈なのに、誰かをどうしようもなく愛おしく思うことそれ自体は責められることは無い筈なのに、何故か自分でもそこに身を置くことにすら罪深さを感じる。それは遠く離れた生まれ故郷にも、新しく訪ねるあらゆる場所にも、たった一人の自分の部屋にでも訪れる二本足の死神、ほんのちょっとだけの違い、いや何も違わない。僕がもし猫になれたならば、彼等の本能がするように然るべき時が来たら自らそっとこの姿を消してしまいたい。囁く木の間を洩る月影、見上げた窓辺に仄かな代赭、暗い部屋、扉の裏側から漏れる燈火を想い、嗚呼僕から君への、あんなチンケな指輪よりも小さな想いに見せかけた小夜曲、でも許されるならばどうかこんな最低な僕を。
病める時も喜びの時も、どうせこんな奴だと僕の皮肉を受け流してくれないか。(Queen「Innuendo」)
生涯切実に愛を求めて孤独と闘ったスーパースターと奇跡的に直接心で繋がることが出来たのは結局ステージの上と下、観客として、私たちにはそれ以外に手段はなかった。私が産まれて生きてきた年月の中にはフレディが生きた年月も含まれていたが、私が唯一オンタイムで聴くことが出来たアルバム「Innuendo」は思えばあからさまなフレディの遺書だった。何も知りもしない癖に好き放題に言わないでくれ、思い出したように好きだなんて言わないでくれ、僕が辛い時に君らが何をしてくれた?僕が一人膝を抱えていた長い間に、君は一体何をしていた?そして彼を囲むバンドメンバーを始めとした彼を愛する人たちの想い、何がなんでもショーは続けなきゃならない。あの日、あの時のように。
君は覚えていてくれるだろうか、時間が全てを風化させて華やかな時代が馬鹿馬鹿しく見えるようになっても。(Queen「Love of My Life」)
冒頭からその後ろ姿、VHSテープの画像がノイズで歪むまで何度も焼き付けたあの背中、もうそれだけで泣いていたよ。私は本当にあなたの事が大好きだった。また新しく出会えたことに嬉しくて取り乱す程に、きっとこれまで他の何十億もの人達が当たり前に同じく思うように、ずっと片想いだと思っていた。でもあなたがいつもその詩に込めて力の限り歌った想いは本当に嘘じゃなかった、ただいつも少しすれ違い続けただけ、馬鹿みたいな話だけどやっとそう信じられたんだ。作業デッキに座って体を揺らすスタッフにも、ビールジョッキを片手にテレビ画面を見上げる人にも、ステージ脇にやっと駆けつけた君にも、そして眼下に果てしなく広がる海のような愛に向けて、これから初めてこの歌を聴くあなたにも向けて、俺達は今日この日この時の為に生まれてきた、そうは思わないか?
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