TOSHI

テルマのTOSHIのレビュー・感想・評価

テルマ(2017年製作の映画)
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会員になっているシネコンでの上映を待っての観賞となったが、かなりショッキングな映画だった。
私は、映画は何よりも、個人の異質な部分を描くべきだと考えている。普通に社会生活を送っているようで、どうしても社会とは相容れない部分こそが、個人の本質であり、それを描く事でまた、社会自体の異様さも浮き彫りにされると思うからだ。
自身も鬱病にかかっていた、ラース・フォン・トリアー監督は、鬱病の世界観を反映した作品を撮るが、他者に違和感を覚え、社会からの疎外感故に、自責する心理が根本にあるだろう。甥であるヨアヒム・トリアー監督も、作風こそ違うものの、孤独感や生き辛さを抱えた人間を描くという意味では、共通した部分がある。本作の主人公も、宗教や家族から抑圧されている上に、少女時代の記憶が無く己が分からず、相当に生き辛そうだ。

ノルウェーの凍った湖の上を、父と娘が歩いているオープニングから、緊張感を伴った力のある映像が繰り広げられる。森に入った父娘の前に鹿が現れ、父は猟銃を構えるが、その銃口を娘に向ける。しかし発射はしなかった。何故、父は娘を射殺しようとしたのか分からないまま、時代が飛び、娘・テルマ(エリ・ハーボー)は、大学生になり寮で暮らしている。車椅子生活の母・ウンニ(ドリト・ピーターセン)は毎日電話してきて、出ないと心配する。
図書館で勉強していると、黒い鳥の群れから一羽が窓にぶつかり、テルマが突然、激しい発作に襲われる描写が衝撃的だ。テルマの異質性が露わになり、急激に不穏な空気が映画を支配する。病院で検査しても原因が分からないまま、テルマがプールで泳いでいると、発作の際に図書館にいた、アンニャ(カヤ・ウィルキンズ)が、体調を心配して声をかけてくる。二人は親しくなるが、アンニャに影響されて、敬虔なキリスト教徒であるテルマが、仲間達と集まり酒やタバコに手を出すという、よくある青春の様相になってくるのが意外だ。更に誘われた観劇で、アンニャがテルマの体に手を這わせてきて、席を立ったテルマと追ってきたアンニャがキスをするという同性愛の展開となるのに驚く。
本作はホラー映画を意図して作られているようだが、何故そんな展開が必要なのかと言えば、目覚めた欲望に忠実になり、両親の抑圧から解放されようとすると、宗教的な背景から自責の念が起こり、それが終盤で明らかになる恐ろしい能力を引き起こすという構図なのだ。その意味では、影響されているという、「キャリー」(ブライアン・デ・パルマ監督)と共通性のある作品と言えるだろう。
テルマは少女時代の記憶が欠落し、両親に愛憎半ばの感情を抱き、他人に優越的な感情を持つ自分を嫌悪し、同性愛に目覚めるという、実に複雑な人格だが、それ故に原因が分からない発作と、恐ろしい能力に説得力がもたらされている。冷たく美しく、時に不気味なノルウェーの大自然も、こんな事が起こり得ると思わせる背景になっていた。テルマを優しく気遣ってきた父・トロン(ヘンリク・ラファエルソン)が隠していた二つの秘密と、迎える結末に打ちのめされるが、不気味なハッピーエンドが本作に相応しく、余韻を残す。

ラース・フォン・トリアー監督作品の登場人物は、異質性が過ぎる余り、最悪の結末を迎える事が多く、作品としてややもすると、不幸を弄ぶ感があるのに対して、ヨアヒム・トリアー監督による本作は、異質な人間を繊細に描き出し、肯定している事が感じられるのが印象的だった。衝撃的で且つ優しくて深みのある、かつてないホラー映画の誕生だ。
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