TOSHI

女王陛下のお気に入りのTOSHIのレビュー・感想・評価

女王陛下のお気に入り(2018年製作の映画)
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現代を描く力がない作り手である程、近世の宮廷や貴族の豪華絢爛な建物・衣装のように、歴史の重みや品格に依存した映画を作りたがるようにも思えるが、不条理な作品世界を斬新な手法で描き出してきた、ヨルゴス・ランティモス監督の新作となれば話は別だ。

スペインの継承権を巡りフランスと戦争状態にある、18世紀初頭のイングランド。宮廷の人々には深刻さは感じられず、遊びに興じている。アン女王(オリヴィア・コールマン)は痛風で体調が悪く、幼馴染で側近のサラ(レイチェル・ワイズ)が支えている。そこに父親の没落でサラを頼り、従姉妹であるアビゲイル(エマ・ストーン)がやって来るが、馬車を降りる際に突き落とされる。
ランティモス監督作品にエマ・ストーンとは驚いたが、冒頭からハリウッドスターであるストーンを泥だらけにしている事に、監督のスタンスを感じる。貴族だったアビゲイルは、料理・洗濯の汚れ仕事を任されるが、女王の病状を和らげる薬草を採取し、発疹を止めたことをサラに認められ、専属の召使として待遇が改善される。
これ程、女王を醜悪に描いた作品はないだろう。戦争にも政治にも関心がなく、僕達に怒鳴り散らし、病にうめき声を上げ、サラとの同性愛に溺れている。更に流産等で亡くした17人もの子供の代わりに、ウサギに囲まれて暮らしている。そして女王を手なずけるために性的な手段まで使うサラと、その秘密を知り、自らの立場を守るための切り札とするアビゲイルが三つ巴となり、かつてないドロドロとした女性の三角関係が展開される。何度も登場人物達が嘔吐するシーンが、挿入されるのが象徴的だ。

登場人物の、グロテスク若しくは滑稽な言動を、引いて見せるのが、ランティモス監督の特徴的な作風だが、本作でも魚眼レンズと広角レンズによる撮影が、大きな効果を挙げている。宮殿内の歪んだ人間関係が表現されると共に、観客は異様な世界に対して、距離感を感じさせられる。盗み見する感覚とも、言えるかも知れない。
夫が将軍として前線を率いているサラが、新たな戦争の資金のため、アン女王に市民への税金を倍にする事を約束させた事で、戦争反対派の政治家・ロバート(ニコラス・ホルト)は怒る。アビゲイルを見初めたサミュエル(ジョー・アルウィン)から相談を受ける中、ロバートは出世する彼女を利用する事を思いつき、女王とサラについての情報提供を迫るが…。
周りの人間達を利用して、貴族として再び成り上がるアビゲイルが見物だが、アイロニカルで暗示的なラストシーンが全てを物語る。

ランティモス監督が、歴史物を撮るのは意外だったが、描かれたのはやはり不条理の世界だった。国が困窮しているのに、パーティーやギャンブルに興じる貴族達。そして実は興味も無いのに、“お気に入り”の進言で戦争継続や増税の重大な決断をしてしまう女王。市民不在の(文字通り、市民は全く描かれず不在だ)、誰のためか分からない国政は、不条理の極みであり、それは現代でも起こり得ると、警鐘を鳴らしているのだ。
歴史物である故に、前作「聖なる鹿殺し」の得体の知れなさに比べると、不条理が教訓めいてしまうのに不満を覚えたが、作品世界としては、近世を舞台とした歴史物には全く収まっていないのが良い。史実に基づいてはいるが、あくまでもモチーフであり、アビゲイルが「ファック」という言葉を連発したりするなど、実際の時代にはありえない描写が随所にあり、映画としての浮遊・飛躍が生まれている。
サミュエルと結婚し初夜を迎えたアビゲイルが、追いやったサラの反撃を考え、セックスを面倒がり、手で陰茎をまさぐって果てさせるシーンも、実際にはありえない(よくストーンは、そんな演出を受け入れたと思う)。歴史の重みに依存して映画を撮る、並みの作り手なら、決してそんなシーンを入れる事はないし、入れたら映画が壊れてしまうだろう。ランティモス監督の並み外れた姿勢と力量が、本作を只の歴史物とは一線を画す作品たらしめているのだ。
リアリティはないがリアルであり、リアルだが馬鹿げている、これが映画だとしか言いようがない作品であり、今更の大昔が舞台でも、今作られた意味がある、唯一無二の歴史ドラマだ。
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