キルスティン

ナチュラルウーマンのキルスティンのレビュー・感想・評価

ナチュラルウーマン(2017年製作の映画)
5.0
ユア・サーマン似の中性的な顔立ちの美女が確とこちらを見つめている。

彼女の名前はダニエル・ヴェガ。
(どうしても載せたかったので以下wiki引用します)
《ヴェガは8歳の時から、祖母に習ってオペラを学び始めた。成長したヴェガは男子校に通ったが、そこではいじめを受けた。10代後半までこの男子校に通ったが、自身がトランスジェンダーであることを自覚し、性転換を始めた。両親と弟のニコラス は、当時のチリが保守的な環境であったにもかかわらず、ヴェガの性転換を支援した。性転換を済ませた後、彼女はトランスジェンダー女性としての機会の無さから鬱状態に苦しんだが、両親から支援を受け、また父の勧めで美容学校、その後演劇学校に通った。》



愛しいパートナーに先立たれたトランスジェンダーのヴェガ演じるマリーナの孤独と周囲から受ける差別から立ち直るまでの姿を描いた作品。(第90回アカデミー賞で外国語映画賞や第67回ベルリン国際映画祭最優秀脚本賞などを受賞)

今作、派手な演出もなければ意外などんでん返しもない。差別に対するスカッと展開もない。単調過ぎるほど単調。
マリーナの恋人である父親ほどに年の離れたオルランド(マリーナの目の前で突然死する)の親族や女刑事がベラベラベラベラ好き放題しゃべるくらいで、主役のマリーナにはほとんどセリフがない。独り言も言わない。マリーナの心境を代弁するような人物も登場しない。
しかし、マリーナが主役、カメラはマリーナを追う。観客はどこでどうやってマリーナを感じ、物語を読み取っていくのか…

それはマリーナの表情である。

今作、セリフの少ないマリーナをヴェガは圧倒的な表情演技で表現している。
幸福感や期待、孤独、怒り、緊張、戸惑い…
"この人には何を言っても無駄だ"
"この人は何も言わなくても分かってくれる"
そんなマリーナの心情を、ヴェガはシンプルにまた迫真の表情で観客に分からせる。
もはやフィクションではなく、マリーナは実在しており、リアルタイムで彼女を追っているような気になる。

どんなに差別的で屈辱的な言葉を浴びせられても、マリーナは冷静を保つ。ときに表情は相手を哀れんでいるかのようにも見える。しかし、決して蔑んでいるわけでもない。相手は"知らない"だけであり、そして理解してもらう必要性を感じないため、マリーナは説明をしない。相手のおしゃべりを遮ることもせず、ただ聞くに徹するマリーナ。
マリーナが元々言葉少ないおとなしい人間かというとそうではない気がする。きっと幾度となく同じような扱いを受け、その都度理解を求めようと努めた過去もあると思う。
マリーナはその努めに疲れたのか(悟りの境地にも見える)事を荒立てず喧嘩は買わず理性を保つに徹する。
作中、一度だけマリーナが派手にぶち切れるシーンがあるが、ほとんど抵抗という抵抗にはなっていないし、周りのクソ人間の態度に比べたら可愛いもんである。
個人的にマリーナの姿勢には大変共感を覚え、自分を見ているようでもあった。

最愛の恋人を突然失った現実を整理できぬ中、周りからは屈辱的な扱いを受け、行き場のない感情をひたすら抱え、孤独の中の孤独をさ迷うマリーナに後半、突如としてスピリチュアルな体験が訪れる。誰も見てはいないマリーナだけの世界。マリーナにとっても、これまでの経緯を知る観客にとっても、このシーンはこれ以上ない最大の救いになる。
生きる"糧"とは万人の理解でもなく万人に好かれることでもなく、ただひとつ自分だけの信じられる"愛"なんだと思う。"愛"の対象は人でも動物でも物でもいい。目に見えない愛(信頼)の感触を確かに感じることができれば人は強く生きていける。
マリーナに起こったこのスピリチュアルな体験は、彼女を更に強く美しくさせる。

今作、ヴェガが上半身をさらけ出すシーンが何度かある。トランスジェンダーということは中身は女性なのであって、役柄とはいえ決断のいる作業だったはず。作中にもそんなシーンがあるが、トランスジェンダーの身体を興味本位に好奇な目で見る人。ヴェガとしてもマリーナとしても当然心地よいものではないが、複雑な役柄をヴェガは正に体当たりで挑んでいる。
不思議だったのが、あまりにナチュラルウーマンなヴェガは女装…ではなく女性にしか見えないため、決してふくよかではない胸も"脱ぐ"と男性のそれではなく女性のそれを見ているようでなかなかいやらしく感じてしまった。ヴェガの色気は自信満々のIKKOさんをも黙らせる(と思った)。

今作DVD、特典にヴェガの来日インタビューが収録されているのだが、作品から十二分に感じたヴェガの性別を越えた人としての美しさ強さは、ヴェガ本人そのもの(いや、マリーナ以上)なんだと実感する。
こんなお方にはなかなかお目にかかれないだろう。オーラが本当に美しい。強さは美しい。

ヴェガ様という生きるお手本に出逢えた有り難みを噛み締め、平成最後のフィルマに幕を閉じたいと思います。

フォロワーのみなさま、こんな私をフォローしてくださり、お下品なレビューを読んでくださり、心から感謝申し上げます。
来年もお付き合いいただけると大変嬉しいです。
皆様の個性的なレビューを今後も楽しみにしております。
それでは、よいお年を💗
※宇多丸師匠ムービーウォッチメン今年のシネマランキング、めちゃくちゃ楽しみです💗💗💗💗💗💗
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