dm10forever

ジュリアンのdm10foreverのレビュー・感想・評価

ジュリアン(2017年製作の映画)
4.3
【境界線】

うわ~~~嫌い!!胸糞悪!!
なんだけど・・この映画凄く好き!

文字通り「サスペンス」としても秀逸な作りなんだけど、そこでジリジリとあえて溜めてからのラストの爆発はもはやホラーの領域に達している。

序盤の離婚調停における申し立てのシーン。まだ映画が始まったばかりで観客は「離婚に至った経緯」や「申し立ての正当性」「親権の行方」などわからないまま成り行きを見守ることになる。
妻ミリアムと夫アントワーヌの言い分は、離婚調停の場という事もあり、お互い「都合のいい事」を述べる。
妻側は夫の暴力が原因として別居を余儀なくされていること。親権は彼から切り離し、自分達は平穏な生活を望んでいることを訴える。
それに対して夫側は、彼が所属する狩猟クラブの会員仲間に聞いてもアントワーヌは温厚で優しい人物で、ここで言われているような人物ではないということ。親権はあくまでも「共同親権」として、今後も息子に会う権利を保障して欲しいということを訴える。
話し合いは双方の弁護士も交えて徐々にエスカレートしていく。
「子供たちも(父には)会いたくないといっている」
「それだって誰かに吹き込まれたんだろうさ」
「ジョセフィーヌの怪我だってあなたに殴られたから」
「あれは体育の授業で負った怪我だ」

「・・・あなたがたのうち、どちらかが嘘をついていることになりますね」

原題は『Jusqu’a la garde(親権)』
このままだとストレートに物語の方向性がそのまま出てしまうところに「ジュリアン」という邦題をつけたのは正解だと思えた。
単に夫婦のいざこざを延々と見せ付けるのではなく、ジュリアンという幼い子供の目を通して父親の狂気的な部分をじっくりと描いている。子供目線で見るからこそ「わからない」「理解できない」というサスペンデッドな状況がうまく描かれていた。
そしてお母さんを守るために奮闘するジュリアンがとにかく可哀相で・・・。

ホントに父親のアントワーヌは超怖い。
あの焦点の定まらない「死んだ魚の目」は久々に狂気を感じた。
何より「DV気質」の人間の表現が上手い。「自分の気に入らないことがあると暴力を振るう」とか「暴力によって他者を支配する」とかは勿論なんですが、一番怖いのは「暴力を振るう対象に依存している」という事。
これって中々理解しにくい感覚ですが、こういうDV気質の人間って、誰にでも暴力を振るうわけではなく「特定のターゲット」にだけ暴力を繰り返す。そしてその対象が逃げないように「支配」する。いなくなってしまっては暴力が振るえないから。
だから警察や家裁が一時保護とかしても烈火のごとく怒り狂って奪い返しに来る。そうしないと自分が保てなくなってしまっているから。

アントワーヌの行動の端々には、実は理性的な面もチラついてはいた。しかし、心の奥底から湧き上がる衝動を抑えることができず、怒鳴り散らしたり、カバンを投げつけたりする。しかし自分が悪いとかは思っていない。
何故なら「俺が怒るのはお前らが俺を怒らせるからだ」と思っているから。
だから冷静に言い分に頷いている時は意外と大人しくなったり、謝罪の涙を流したりもする。でも、それは彼のメインパーツではないと他者は全員理解しているから冷ややかな目で見つめる。せめて暴発しないようにと。

なんとか「一線」を越えずにいたアントワーヌだが、一向に自分の思い通りにならない現状に業を煮やし遂には常軌を逸した行動にでていく。

とにかく執拗に家族を追い回す辺りは、もはやサスペンスの枠は簡単に飛び越えてしまって、ホラー映画の如く背筋が冷たくなる。
ラストに至ってはちびる位ビビッた。あ~もうそこまで行っちゃうのねと。

で落とし方がニクイなと感じたのですが、通報した向いの家のおばあちゃんとは結局最後まで会話はない。

他の家の事には首を突っ込まないとでもいうことか?

日本にも上手い諺があったな
「夫婦喧嘩は犬も食わぬ」って。

でもこれは単なる夫婦喧嘩の話でもなければ、突飛に飛躍し過ぎた話でもない。
とにかくあのDV夫に胸糞が悪くなりつつも、そこに至る過程でどこにも安心の場所がない家族の閉塞感というのが上手く表現されていて、映画としての完成度は高いと感じた。



あと、ジュリアン君。
あんまり眉間にしわを寄せすぎると跡が残るよ。
dm10forever

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