曇天

ブレッドウィナー/生きのびるためにの曇天のレビュー・感想・評価

4.5
原題"The Breadwinner"

原作はカナダ人作家デボラ・エリスの同名の児童文学。
男と同伴でなければ女は外出が禁止されていた時代のアフガン。ある日父親が娘に読み書きを教えていたかどで逮捕されてしまう。このままでは食料を買うこともできない。家族を食べさせるためにパヴァ-ナは髪を切り、男の子に変装してbreadwinner(稼ぎ手)となる。

柔らかなタッチのアニメーションで描かれ、気転を武器に成功を得るおとぎ話のような導入だが、これ、2001年のタリバン政権下のアフガニスタンが舞台。この年は1996年からの実効支配の終りの年で、女性を弾圧し、少数民族を虐殺するなどタリバンが過激化し切った時期。でも劇中タリバンの名前は一切出てこない。主人公パヴァーナの周辺だけで話は完結していて、登場人物は一般市民だけなので、タリバン政権への民衆の反発を暗示した物語でもあると思った。

観ながらしばしば現代劇であることを忘れてしまうのだが、それはといえば、たとえば可愛らしい絵本のようなデザインで描かれる場面場面、道で露店を開く姿や物が何も無い家、むちや棒による折檻、辛い状況になるとパヴァーナが父親直伝のおとぎ話を語り出すのだがタッチがモロに人形劇風に変わったりするからだ。それでもその隙間に、現代的な乗り物や戦争の道具が映ればいやでも現実にある脅威を意識させられる。「未開人のような風土」と「発展した近代文明」を往来することでその不気味な矛盾を際立たせている。


この状況はちょっと前まで本当だったことだし、原作執筆時はリアルタイムの現実だった。現代劇をおとぎ話風のアニメで仕上げるというギャップはアニメでなければ作れない。この悲しい出来事が早くおとぎ話で語られるくらい過去のものになってほしいという願いすら読み取れる。監督ノラ・トゥーミーとカートゥーン・サルーンは『ブレンダンとケルズの秘密』『ソング・オブ・ザ・シー』でファンタジックなおとぎ話の世界を描いてきたために、絵本風アートアニメはお家芸である。今回は、手法は従来のアートアニメ表現のまま、真逆である現実の世界観を実写より克明に表現したその転回ぶりに驚嘆。

内容的には女性への差別、弾圧のひどさに涙が出るし、男だって戦に担ぎ出されて使い捨てられ、決して優位には立てていない。戦時中のおとぎ話への逃避と言えば『パンズ・ラビリンス』が浮かぶが、パヴァーナは自分の作るおとぎ話の中で主人公に亡くなった兄の名を付けて自分を鼓舞したり、こちらもとにかく切ない。序盤はきついシーンが多いけど、最後にはかすかな救いもあって少し良かったと思える。お話の力は強いし、言わずもがな絵が美しい。
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