真田ピロシキ

工作 黒金星と呼ばれた男の真田ピロシキのレビュー・感想・評価

工作 黒金星と呼ばれた男(2018年製作の映画)
4.0
北京での最初の1時間くらいは重要人物が出ては北朝鮮に渡るための工作活動が矢継ぎ早に繰り広げられてて、そこに情緒を挟む余地もないので緊迫感はあるが筋を追うだけで精一杯で難しい。風向きが変わったのは北朝鮮に行けるようになってからで、飢えて凍える同胞に心を痛めるキム課長の本音を聞き、最初は冷血漢にしか見えなかったリ所長と温かいものを育んでいく様は潜入スパイの鉄板と言える。最初から出てる北の人間では軍人のチョン課長がいるが彼は一貫して憎たらしい奴で、「我々は決して資本主義に染まったお前らのことを信用しない」と宣言してるかのような不意打ち自白剤尋問のスリリングさに息が詰まりそうになる。騙し切れたのはここまで想定して無意識レベルで擦り込ませてたという事なのか。聞く方も答える方も命がかかっている怖い世界だ。

北朝鮮の内部を克明に描写していて、表向きは平穏(過ぎる)平壌と核施設がある地方の惨状の落差が北朝鮮という国の姿を映し出す。伝え聞く限り間違ってないのだろう。その元凶である金正日は大勢の人間を連れ添って部屋に入ってくるのにその誰よりも小柄で見知った通りの風貌をしているので実に滑稽だ。そんな滑稽な男であるが間違いなくその場にいる者を一存で始末できる権力を持った冷酷さが混在してる。終盤主人公のパクが韓国への選挙介入について異を唱えるのだが、相手が自国民じゃないから一応は丁重に話していても「お前なんか自分の気分次第で殺せるんだぞ」という意識が窺い知れて静かなスリラーとして映った。

選挙介入については当時韓国で共産主義者のレッテルを貼られていた金大中を韓国与党が負けさせるために金正日と結託しようとしてたものであるがここは我々日本とも地続きの話に感じられた。事あるごとに右派連中がしょっちゅう中韓北への敵対心を煽るのを目にしてきた。本来命令には絶対でないといけないパクが命令に逆らってこのペテンを拒絶したように、敵とか味方とかどこどこの国とか主義だとか分かりやすい色分けでなく自分の頭で判断する事を観客に求めたように思う。そういう意味では分断極まる今の時代に作られる映画としてはとても正しく、最後の再会は朝鮮半島の融和だけを祈ったものではなく世界の分断に対して向けられたものとも感じられた。

出演者は皆とても上手いが、一番印象に残ったのは嫌な軍人チョンのチュ・ジフン。表情の微妙な演技も良くて一挙一動から目を離せない。そうかゾンビドラマ『キングダム』の世子の人か。あとはキム課長のキム・ホンパ。この人は『マルモイ』やマ・ドンソクの邦題を言ってはいけない詐欺師ドラマ『38師機動隊』の悪役パン社長などで結構見かけてて今では一目見ただけで分かる。しかし相変わらず韓国映画の名前と顔はなかなか一致しない。ドラマなら流石に途中で覚えるが映画はまだまだで、特に本作のように内容が難しいと二重に苦労する。何度も10秒巻き戻しを駆使しながら見進めていた。こういう映画は家でしか見れそうにない。