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万引き家族のpanpieのレビュー・感想・評価

万引き家族(2018年製作の映画)
4.8
ここに至るまで長かった。
一度目を観た後是枝作品を観たり城桧吏君が凄く良かったので桧吏君の出てるネトフリ制作の「僕だけがいない街」を観たりしてしまって衝撃が薄れレビュー出来なくなり早々と二回目を観てきてしまった。(ネトフリ制作の「僕だけがいない街」の桧吏君は主人公の友達役でちょっとしか出ないのだが今作とは全然違ってまだ背も小さく子供っぽくて改めて子供の一年の成長の速さに驚かされた。)
二度目も相変わらず凄い人で劇場はポップコーンを食べる音と匂いに包まれていて熱気が凄くてなんかそれも違和感なく今作に合っている様に思った。


凄い映画だった。
現代の日本の闇の部分が集結して描かれていた。
これは日本人の監督にしか描けない筈。
高層マンションが立ち並ぶ都会にひっそりとそこから身を隠す様にして建っているボロボロの一軒家。
よくもこんな場所を見つけたなと思ったが私の住む街にもそこだけぽかっと異次元が広がっている様な場所がある。
かたやマンションや新築の家が建ち並ぶ新興住宅地を抜けてちょっと奥まった所に昭和な家々が肩を寄せあってひっそりと建つ場所がまだある。
でもいつか建て直されてなくなってしまいそうだ。
今作はそんな作品。
いつ壊れてもおかしくないそこだけ昭和なあの家はあの家族を象徴していた。

是枝作品は全て観ている訳ではないのだが人間同士の濃密なある特定な関係(特に家族)が描かれていて泥臭くてそこだけ昭和の香りが漂って懐かしくもあり目を逸らしたくなる現実を突き付けてくる。
辛い現実を嘆いていても時間は止まってくれないし生きていく為に食べなければならないから稼がないとならないし一人で生きるにはあまりにも辛いから知らない者同士肩を寄せ合って生きていたそんな家族の物語。


冒頭からリリーさんと桧吏君の鮮やかな連携プレーで万引きをするシーンから釘付けになった。
店員の目を遮る為に桧吏君演じる祥太の前で商品を選ぶ振りをする治が盾となり祥太がその瞬間に商品を入れリュックのファスナーを閉めリュックを背負いそれが万引き完了の合図で、治は買うつもりもないのに詰め込まれた買い物かごをその場に放置してそれぞれ違う出口から外へ向かう鮮やかさ!
何でもいい訳じゃなく商品を選んで万引きしていた事に気付き子供に万引きさせる父親に腹が立ったが帰りに二人はコロッケを5個買って体を寄せ合って笑いながら帰る。
家で待っている家族がいるのかな。
そんな寒い夜ベランダに放置されている女の子を見つけた。
「あの子、前も出されてたんだよ」
治がその女の子を家に連れ帰るとそこには他に三人の家族が二人の帰りを待っていた。




↓ここからネタバレあります。↓






他人が寄せ集まって家族を作るなんてどんな事情があるのだろう。
次第にそれぞれの関係が炙り出されて知る度に衝撃が走る。
特にゆりの事情には胸が締め付けられ先日までワイドショーで連日取り上げられていた結愛ちゃんの事件と被る。
結愛ちゃんの事件はあってはならないが義父の虐待は百歩譲ってあったとしても産みの母が加担していた事が衝撃だった。
なんで。
お腹に10ヶ月も一緒にいたのに。
可愛くなかったの?
考えたくはないけどもしかしたら堕ろすお金がなかったのかもしれない。
もしかしたら妊娠を盾に結婚したのかもしれない。
色んな嫌な想像が頭をよぎる。
劇中でも夫婦喧嘩の末に「産みたくて産んだ子供じゃない」と吐き捨てる母親の台詞がショックだった。
ゆりを返しに行くと偶然聞いてしまったその台詞に「誘拐だから返してきな」と言っていた安藤サクラが演じた信代が自身の幼少期を思い出したのか逆に母性を刺激されてゆりを返さず連れ帰ってしまう。
「ゴーンベイビーゴーン」を思い出した。
虐待で殺してしまうならこんな寄せ集めの家族の方がゆりには暴力に怯える事もなく安心して暮らせる心の通った本当の家族だったんだと思う。
虐待されていても「お母さん、可愛い服買ってくれるもん」と呟くゆりが母親を庇って呟く様子は今迄叩かれる事が当たり前でそれを何かにかこつけて子供なりに正当化し自分を必死に守ってきたのだと思う。
祥太をお兄ちゃんと慕って追いかけるゆりは時折笑顔も見せる様になって可愛かった。
髪を切り自分から〝りん〟として生きる事を選ぶシーンに涙した。


今作には他にも沢山の現代の問題が詰め込まれていた。
辛い境遇同士が寄り添いあっていただけじゃなく一定の収入があるのは初枝の年金だけで定職につかない治やパートがクビになった信代がそれを当てにしているのが次第に分かってくる。
初絵が死んで不正に年金を受け取る信代には悪びれた様子は微塵もない。
「お婆ちゃんの年金だから悪くないね」って!おい!
風俗店で働く信代の妹という事になっている亜紀も問題を抱えていて唯一お婆ちゃんと愛情で繋がっていると思いきや初枝にとっては〝慰謝料の元〟だった事も分かってくる。
祥太も治と信代の子供ではないと分かった時鳥肌が立った。
そして次第に治から教わってきた事が悪い事なんだと気付いていく祥太。
劇中で出てくる「スイミー」はレオ・レオニ原作の絵本で小学校低学年の国語の教科書に載っている。
学校に行っていない祥太が何故教科書を持っているのか分からないが治に「スイミーって知ってる?」と祥太が聞いた時治は申し訳なさそうに間を置いて「英語は分からないんだ。」と答えるシーン、子供がいないから絵本を読んであげたことも絵本そのものに興味もなく〝スイミー〟という言葉を英語だと思っている治をリリーさんが絶妙な表情と間で演じていた。
恐らく行っていても中卒で勉強に縁のない子供時代を送っていたか、あるいは自分も祥太と同じ境遇かを想像させる。
「そして父になる」の電気屋の子供好きな子供のまま大人になった父親像とも被るが被るのはそこだけ。
治はいつも笑顔だけど腹黒い。
こんな役リリーさんにしか出来ないね。


信代も初枝もあの二人にしか演じられず他の女優では想像出来ない。
初枝は淋しいから家族を作ってみたけど「誰にも知られずに死ぬのは嫌だから保険に入った」とか亜紀の家族に近くに来たからと自分を捨てた夫への慰謝料として命日には必ず訪問するあたりなかなかしたたかな婆さまだ。
希林さんは役ではなくテレビで拝見する時はなかなかお洒落な服装で素敵なんだけど今回は入れ歯も外して挑んだそうで完璧に初枝そのものでこの役にかける意気込みを感じた。
希林さんは「海よりもまだ深く」が素晴らしくて彼女の今迄の作品で私の一番なんだけど今作は老いと貧困と死んだ夫への恨みで生きている裏の顔を持つ初枝をねちっこく演じていて今作も忘れられない一本となった。
亜紀はどうやってあの家に連れてこられたのかな。
勝手な想像だけど亜紀は家出をして風俗に初めから行っていて治に頼んで亜紀を探し出し夫を盗んだ女の息子一家への復讐をしていた筈が亜紀が思いの外自分を慕ってくれて治や信代とは違って腹黒くなくて段々可愛くなってきて本当の子供?孫?の様に可愛がっていたのではないかな。
でも初枝は命日には〝慰謝料〟を貰いに行く事は忘れず愛憎入り混じった複雑な感情を持っていたかもしれない。

信代を演じた安藤サクラもやっぱり凄いね。
松岡依都美演じるクリーニング屋の同僚とのやりとりやゆりとお風呂に入って親の虐待で同じ火傷の傷を見せ合って話す所や縁側でゆりの服を燃やしながら「本当に好きならこうやってぎゅーっとするんだよ」と少し泣きながら話す所など思い出しても泣ける。
ただ信代がクビになって下着姿で治と素麺を食べるシーンは色っぽくてなかなか素敵なラブシーンで良かったのだけどあの後の裸のシーンはいらなかったのではと思ってしまった。
上からでごめんなさい。<(_ _)>
信代の過去を想像させられるが捕まってからの池脇千鶴との取り調べで涙を見せない様に必死に拭う様子に一瞬にして涙腺が崩壊した。
これがケイト・ブランシェットが凄い!と褒めていたシーンか。
頑なに自分一人でやったと治を庇い続けるのはあんな過去があったからなんだ。
治に借りがあったんだなぁ。
二人は思っていた以上に心の底で繋がっていたんだ。
収監されて治と祥太が面会に来た時真っ直ぐに祥太を見つめて真実を話すシーンもグッと来た。
実生活で出産していた事を知らなかったがやっぱり前よりハクが付いた感じがした。
男の様にサバサバしていたり突然色っぽい目付きでじっと見たりそうかと思えば少女の様に儚げに泣く。
これからどんな女優になるのだろうと期待している。


ラスト、治と祥太が釣りをしている。
あんな事があった後なのに二人はあの釣り竿で釣りをしていてやや小綺麗な格好の祥太が気になった。
あれ、この後に信代に会いに行くんだっけ?
前後していたらごめんなさい。
雪が降りしきる中二人は並んで帰って来て昔の様にカップラーメンにコロッケを入れて食べている。
積もった雪で雪だるまを作る二人は楽しそうで本当の親子の様だ。
泊まる事になって祥太がどうしても聞きたかった事を治に聞く。
自分を置いて皆で逃げたと刑事に聞いた事が本当だったと知るが祥太も治に告白する。
「僕、捕まりたかったんだ」

祥太は大人になっていた。
次の日バスを追いかける治の方を振り向かなかったのは僕をこんな目に合わせてという憎しみもあったかもしれない。
でも我慢できずに振り向く。
「お父さん」
初めて治を〝お父さん〟と聞き取れない程の小さい呟き声で言う祥太の心の中は治への感謝で一杯だった筈だ。
「僕を今迄育ててくれてありがとう」
私にはそう聞こえた。


ゆりがベランダ(もしかしたら玄関前?)で一人で遊んでいる。
盗んだスーパーボールかラムネのガラス玉か分からないがあの家族から教えられた数え歌を歌いながら遊んでいる。
踏み台を登って外を見てハッとするゆりのアップで終わったがあれはあの家族の誰かが会いに来たのではないかと思った。
遠くに想いを馳せる顔ではなかったと思う。
今度迎えに来たらゆりは自ら望んでついて行ってしまうだろう。
血の繋がった家族は自分を愛し必要としてない事が分かってしまった。
あの家族に愛された時間は短かったけど確かにそこには深い愛があったから。


子供を誘拐したのではないかもしれない。
捨てられていたから拾った。
ただそれだけだったのかもしれない。
パチンコ屋の駐車場で車の中に放置された祥太も親から暴力を振るわれて寒い夜にベランダに出されていたゆりもそんな事が続けばいつか死んでしまったかもしれない。
治や信代のやった事は悪い事だけど二人を責められないと思った。
虐待死から二人を救ったとも言えるし観終わって私は訳が分からなくなった。
私が見えている何が悪で何が善なのか、本当に分からなくなってしまった。
凄い問題提起だ。
虐待死事件や不正年金受給が報道される度に今作を思い出すだろう。
血の繋がりだけでは家族とは言えないのかもしれない。
子供が健やかに成長する事を一番に考えなくてはいけないのではないか。
家族とは何か。
監督から直球で投げられた問いを暫く咀嚼しようと思う。
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