GreenT

エイス・グレード 世界でいちばんクールな私へのGreenTのレビュー・感想・評価

2.0
アメリカの学年って未だに良くわからなくて、Eighth grade ってのは、13歳だとDVDのメイキングでは言われていたが、多分14、5歳じゃないかなあ。来年からHigh School って言っているから。

冒頭の、ケイラがユーチューブの投稿を撮っているところがもう爆笑!!「自分らしくいるってことは、他の人に気に入られるために自分を変えることじゃないわ!でも・・・自分らしくいるのは大変・・・・だっていじめてくる人もいるから・・・でも、自分らしくいれば、全てオッケーよ!」みたいな、なに言っているのかわからないユーチューバー、いるいる!!

ケイラを演じるエルシー・フィッシャー?この娘が、このなに言ってるのかわからないティーン・ユーチューバーを演じるのがすごく上手い。よくこの素人っぽい、間違えたりする感じを演技できるなあ。

ケイラは、顔がブツブツだらけだし、太っているので、すごく自意識過剰になっちゃって、自分に自信が持てないんだろうね。ユーチューブをやるのは、学校では自分の話を聞いてくれる相手がいないからなんだろうなあ。

私も映画のことをネットで書いているのは、こういう話ができる人が周りにいないからだもんな。ケイラも学校でコネクトできる子を見つけられないんだろう。

ケイラは、お父さんが友達のお誕生会に行きなってうるさいので、しょうがないから行くんだけど、プール・パーティだよ!嫌だな〜。私も水着になるなんてイヤだった。太っているのを他の子と比べられるなんて。ケイラもちょっとパニック・アタックみたいになってしまうんだけど、なんとか水着に着替えてプールに入る。

映画だと、パーティに行って一人でも、必ず誰かが話しかけてくるけど、この映画でもゲイブという男の子がケイラに話しかけてくる。でも現実は、誰も話しかけて来ないよ!

パーティは室内に移って、みんなはリビング・ルームでカラオケをやっているんだけど、ケイラは別の部屋でお父さんに電話して「迎えに来て」と頼んでいる。アメリカの郊外って、全く公共交通が発達していないので、ティーン・エージャーは親に送り迎えを頼むしかない。

これは辛い。私も出身が東京だから、アメリカに来てからは自分でふらっと出かけられないのが一番堪えた。

この年になってみると、若い頃はみんな痩せてて可愛いと思うんだけど、ケイラのように、一番スタイル良くってお肌もキレイな15歳から18歳くらいの時期に、デブでブツブツの女の子もいるんだよな〜。

でも今って、おばさんもダイエットしたり、「アンチ・エイジング」しているから、ティーンの頃と同じになってきているなあと感じる。自意識過剰になって水着になれない!

ケイラは、好きな男の子に気に入られるために、「私はおフェラは得意よ」って嘘をついて、その後ユーチューブでおフェラのやり方を調べる。

今ってなんでもユーチューブで調べられて、本当に便利!お裁縫からDIYから、ちゅ〜ぶ見ればなんでも作れる!ケイラくらいの女の子は、お化粧とか、髪型とか、おフェラとかを見ているんだな。

アメリカにはどうやら、ハイスクールに行く前に、ハイスクールの生徒とマンツーマンで1日を過ごす体験プログラムがあるらしく、ケイラはオリビアという親切な女の子とパートナーになる。

オリビアはすごい優しくて、モールで友達と会うけど来る?って誘ってくれる。その時もケイラはお父さんに運転を頼まなければならない。しかもモールだからお父さんが偵察していて、オリビアの友達に「何、あの変なおっさん」とか言われる。こういう描写ってアメリカ映画結構あって、親が子供たちを大きなモールに連れて行って、別行動するって良くあることのようだ。

私は自分で勝手に渋谷や原宿に遊びに行っていたから、いちいち親に送ってもらえないと遊びに行けないアメリカの子供たちに同情する。オリビアの年になれば、自分で車運転できるからマシだけど、でも、モールでたむろしてるアメリカの高校生て可哀想だなあって思う。ID 必要だからバーには入れないし、駐車場とか人の家で酒とか飲んでるけど、そういうの面白いのかな?映画で見ると楽しそうだけど、アメリカの子供って案外つまんない生活しているよな。

帰りはオリビアの男友達が家まで送ってくれるんだけど、途中、暗いところで車を停められて、ちょっと怪しい雰囲気になる。ケイラはすっごいナーバスになってしまい、男の子は何もせずに送ってくれるんだけど、その時、ケイラが「I’m sorry」と何度も謝る!男の方がエッチしようとしていたのに、何で女が謝らないといけないんだろう?!

そん時の男のセリフ:

「君が高校生になった時に、経験がないと男が寄って来ないよ!君のためにと思ってやってあげたのに」

なんつー理屈!!でも、憶えがある。昔は本当に、こういう男の「嘘」に振り回されたものだ。したくもないおフェラを得意だって言ったり、セックスしないというと男が機嫌悪くなるからってセックスしたり。ああ〜こういうのもうしなくていいと思うと本当にせいせいする。

本当にこの年頃は、女の子も男の子も、みんなの仲間に入れないと「自分は何かおかしいんじゃないか」ってすごく心配して、可哀想なくらいだ。でも、そういう気持ちは、おばさんになっても共感できる。私もケイラと同じで、職場ではそんなに喋らない。どうせわかってもらえないし、めんどくさい。ただこの年になると、他人なんか結構どーでも良くなるので、ケイラほど気にしていはいないけど、でも人間はボトムラインでみんなに好かれたいし、嫌われたくないと思っているんだなあと思う。ただ大人になると、好かれるのは好かれるのでウザい、とも思うので、他人とは距離がある方がいいやとも思うけど。

映画はお決まりの、親は子供がどんな子でも愛しているよ、って言って、ケイラは少しだけ気分が良くなる。この流れはあまりに定番すぎて、この手の映画はなんとかここを陳腐にしないように工夫するんだけど、この映画もお父さんがケイラの親であることを誇りに思っているって伝えるセリフを色々工夫したようだった。

でもなあ、どうなんだろ?同級生に「クール」だって思われたり、同世代の友達ができないとダメなんじゃないかなあ。親御さんたちには辛いかもしれないけど、ここで親に何を言われても。

ケイラはお父さんに思わず抱きついていたけど。

で、まあ、最後は、ケイラは18歳になった自分に向けてビデオを撮る。「クールになっていたらいいけど、なってなくてもありのままでいいよ」みたいな。こんな風に簡単にビデオを残せる時代に生きてるんだなあ、この娘たちは、って思うんだけど、それが幸せなことかもわからないね。「4年後の私に会うことを楽しみにしているわ」みたいなこと録画して、4年後全然期待した通りになってなかったら辛いだけだもんね。

あ、あと、「状況はどんどん変わって行くから、今がダメでもまた変わるし」って言ってて、それは本当だなと思った。それは長生きするほど良くわかって、10年単位で見たら、あの頃めちゃくちゃ憧れていた相手が今どん底になっていたりするからね〜。思春期だと「今の状況がいつか変わる」ってのが体感できないから辛いんだよね。

とまあ、めちゃくちゃ地味な映画だったが、この年の子供か、その親には需要があるのではと思った。