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ハーツ・ビート・ラウド たびだちのうたのSPNminacoのレビュー・感想・評価

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ブルックリンのレッドフックで、その名もRed Hook Recordsというレコード屋を営むパパの描写がまず良いんだ。変化した街、潰えた夢、遠くへ巣立ちゆく娘、もはや先がないレコード屋、更には何者にもなれなかった疎外感やミッドエイジ・クライシスも併発。
けれど、もともと居丈高に音楽知識を押し付けるタイプじゃないし、卑屈に自己憐憫する訳じゃない。これが潮時と認めつつも踏ん切れないだけ。友人が少なく音楽仲間は娘だけってのが寂しいけど、店と娘を一人で育ててきた17年間に、恐らく常連客も歳を取って離れてしまったんだろう。思い出の品々をたっぷり貯め込みながら、一つの終わりを迎えようとしているパパなのだ。同世代なので、ニック・オファーマン演じるこのパパにはしみじみとわかりみが深かった。
一方、音楽の才能を受け継ぎながら医師を志す娘も若い人生の転機。すごく可愛くて良い子で、カーシー・クレモンズとサシャ・レーンのカップルがたまらなくキュートでスウィート!見つめ合う目、抱き締める手にキュンとする。2人の恋もこれが終わりで始まりなんだと思う。
バンド、そしてNY映画ということでジョン・カーニー『はじまりのうた』と絡めたらしい邦題だけど、どちらかといえば『スモーク』に近いような静かにビターな味わいがとても良かった。いつか夢を手放す時が来ても、少なからず希望は残る。それが居場所だったり人だったり、とっておきのテキーラだったり、1曲の音楽だったり。そこから第2第3の人生が始まり、また一つ一つ積み重ねていける。馴染みのバー店主もきっとそうだったから。飄々としつつ、遠回しに事情が読み取れるテッド・ダンソンが良かったなあ。
娘が勉強する心臓が“Hearts Beat Loud”のビートになっていく音の演出、宅録風景、父娘の世代が自然と融合した曲、マーキュリー・ラウンジとかNY音楽界、レコード店内装からバーにあるPlaybillまでディテイールがいちいち心憎い。閉店セールを黙々と物色するお客(Rain Dogsが3$で!)、インストア・ライヴの観客の少なさ加減がまたリアル(Wilcoのジェフ・トゥイーディーがカメオで登場)。エンディング曲も、音楽でちゃんと独り立ちを見せたそのアレンジが見事だった。
それにしてもRed Hook店内のレコードを1枚1枚チェックしたくなる!サントラは勿論Spotifyでチェック。
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