NAOKI

岬の兄妹のNAOKIのレビュー・感想・評価

岬の兄妹(2018年製作の映画)
3.8
日本がバブル全盛の頃…おれは投資家を連れて中国の地方都市を回ったことがある。
現地でドライバー込みでマイクロバスをチャーターして投資目的の不動産やリゾート地を見て回る仕事だった…

ドライバーのアナンはおれと同じくらい…まだ20代の青年だった。

夜…投資家たちをホテルに入れてしまうとおれとアナンは彼の家の近所の屋台で飲んだ…

アナンが言った…
「日本から来たあの投資家たち…女の子要らないかな?もしいるなら世話できるけど」
「うーん…どうかな?そういうのちょっと怖いって言ってたし…今夜は要らないんじゃないかな」
「そっかぁ…もし必用ならあんな風におれが女の子をお届けする…」
アナンは屋台から通りを箸で指し示した…

男が運転する自転車の後ろに日本のアイドル歌手みたいな衣装をつけた女の子が乗っている…
「え?さっきから何回か見かけて何かと思ってたけど…あれはそういう女の子なの?アナンはどこからああいう女の子を連れてくるんだ?」
「どこからって…うちからだよ…妹だ…妹は…とても可愛いよ」
おれは絶句してアナンの顔を見つめた…


「岬の兄妹」

片山慎三監督?
誰?知らねえな…これがデビューか…
ところがこの方…ポン・ジュノや山下敦弘監督のもと助監督として腕を磨いてきた人だそう…そりゃ聞き捨てならねえな…二人ともおれの大好きな監督だぁ!

超低予算で有名なキャストも出てないしかなり遠くの映画館でしかやってない…

でもどうしても気になって行ってきました!

これがねーある意味すごい映画でした…
内容に関してネタバレしたくないので触れませんが…まぁ底辺の人を描いているということで「万引き家族」や「そこのみにて光輝く」やヤン・イクチュンの「息もできない」を連想させられました。

ものすごい内容なんだけど…この監督はそれを感情的に偏るわけでなく…まるで目の前で起こってることをスケッチしているみたいにフラットな感じで切り取るんです…

悲惨さ…滑稽さ…不快感…悲しみ…喜び…どの方向にも必要以上に寄らない…

その結果…全く無名の登場人物たちが演技しているとは思えないくらいリアルに感じられて…映画を見終わって何日か経つけど、この兄妹が今でもあの家で生活していて、近所の悪ガキたちが…
「あの妹…ちょっと足りないけど一万円でやらせてくれるらしいぜ…ヤベェ」
…とか噂されている。
そんな実在感を今でも…おそらくこの先も…感じさせてくれるのです。

つまりこの映画は「鏡」なのだ…と思いました…
「ひどすぎる…不快だ」と言って映画館を途中退場する人…
「こんなの現実にはあり得ない!」と激怒されている福祉関係のお仕事をされている方…
「悲惨だけどなんか笑える」とかのんきなこと言ってる人…
この映画が引き出した観た人自身の価値観なのです。
この映画にはそんな力があるのです。

妹を演じる和田光沙…何?この子?この子の演技…大声で泣くとき胸を締め付けられるような気がして耳を塞ぎたくなったよ…
他の日本映画で、ものすごく可愛いけど「女優のお仕事も頑張ります♥️」
とか言ってる連中に「恥を知れ」って言いたくなるレベルですよね…


「アナン…お前…妹にそんな仕事させて平気なのか?」
ちょっと非難めいた顔をするおれにアナンは静かにこう言った…

「お前ら…金持ちの日本人に何が分かる?妹はお前ら日本人の相手して20000円貰うんだ…この金額はあの町外れにある染め物工場で一ヶ月働いて貰う給料と同じなんだぜ…この辺の若い可愛い女の子だったら家族のために誰だってやってることさ」

また、屋台の前をヒラヒラしたドレスを着た女の子を乗せた自転車が通りすぎる…ペダルを漕いでるランニング姿の男は父か兄か…ひょっとすると恋人かもしれない…

もう名前も忘れたけど…中国の地方都市の夜…アナンと飲んだ苦い酒の味は…何十年たってもリアルによみがえる…
NAOKI

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