りっく

ジョーカーのりっくのレビュー・感想・評価

ジョーカー(2019年製作の映画)
4.3
人生は近くで見ると悲劇だが、遠くから見れば喜劇である。チャップリンの名言をまさに体現するかの如く、とにかくホアキンフェニックスの演技が神懸かり的だ。作り手も主人公の半径5メートル以内で物語を紡ぎつつ、彼の歩みがいよいよ社会や世間と交錯する、その一点に生じるものを凝視してみせる。

人が笑う、或いは人を笑わせる。それは喜びや幸せとイコールだと捉えられがちだ。だが冒頭でメイクを施す彼は、笑いながら頬を黒い涙が伝う。泣きながら笑っているのか、或いは笑いながら泣いているのか。インプットした情報から生じる感情を、表情としてアウトプットする回路が狂っている。その複雑怪奇さに目が離せなくなる。

コメディアンや道化師は人を笑顔にさせる職業だ。だが、彼は人を笑わせているのではない。その貧しい境遇や、みすぼらしい風貌や、コメディアンとしての素質のなさを見下ろされる形で笑われているだけだ。そんな底辺にいる男が、仕事も家族も失い殺人を犯すまでの過程を描く一方で、階段を駆け上がり、チャップリンの如くタップを踏む。その常軌を逸する相似形が美しい。

タイトルバックでボコボコに殴られて地面に這いつくばる主人公をローアングルで映すショットから始まり、本作ではうっとりするような印象的な縦の構図が次々と映し出される。そこで作り手は上下の関係を意識させることで、個人的な物語に階級や社会性を付与してみせる。だからこそ、その両者が階段の踊り場で相対し、ジョーカーが立ち上がる瞬間に感動の波が全身に押し寄せる。
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