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運び屋のdm10foreverのレビュー・感想・評価

運び屋(2018年製作の映画)
4.2
【危険な安全運転】

前作の「15時17分、パリ行き」に続く実話もの。
今回は「15時~」のような奇抜な作風ではなく、どちらかと言えば王道な作りと言えるかも知れない。
で、やっぱり思うのは「クリントイーストウッド監督はうまいな~」ということ。

基本的に彼が描く作品の根底にあるのは「日常の中に点在する非日常」みたいなもの。決して突飛な設定やキャラクターを描き出すのではなく(ほんの一瞬)に遭遇してしまう神様のイタズラみたいなものによって運命が動き出したり、あるいは変わってしまったり。
そういう人たちの心情や置かれた状況のコントラストなどの描写が本当に秀逸で、いつもあっという間に終わってしまう。

今作の主人公アールもいわゆる普通の人。普通に何処にでもいるお爺さんだ。
大前提として、このお話し自体が実話なのでキャラクター設定を過剰にいじることはできないにしても、本当にごく普通のお爺さん。
仕事、仕事と家庭を顧みることなく週60時間もダイリリーの栽培に費やしてきた、いわゆる「仕事人間」。
でも彼の本質はそこじゃない。
彼は人々から「いい人」「楽しい人」ともてはやされる事が何よりも好きなのだ。よく言えば「社交的」。決して悪いことではない。
だけど、彼はそれを家族には求めなかった。彼は家族と向き合うことはせずにそれを「外」に求め続けたのだ。

「あなたは家にいても、直ぐに「外」に帰りたがっていた」

終盤の奥さんの何気ない一言が的確に射抜いていた。

で、やっぱり思うんですよ。「これって特別なことかな?」って。
仕事を口実に家族を顧みないで自分を優先してしまっているところって、世のお父さんたちは少なからず心当たりがあるんじゃないかな?
それが善いか悪いかの議論は別の機会として、これは「何処にでもいるふつうのお父さん」なんですね。
だからこそ怖いんです。
そういう普通の人が、ちょっとしたきっかけで堕ちていく過程が。
アールが運び屋をやることになったのも、彼にしてみれば本当に「偶然」。
たまたま出会った若者(リコ)に「ドライブするだけのいいバイトがあるんだけど・・・」と紹介され、「ま、いっか」くらいの感覚で始めてしまう。

ブローカーはこういう人を狙っているんだなっていうのがよくわかる。
普通であればあるほど警察に怪しまれない。
(今まで一度も交通違反をしたこともない)いいじゃん、いいじゃん。そういう「セーフティドライバー」の方が目立たないんだよとでも言うかのように。
さらにアールは御歳90歳のお爺さん。
「まさか、こんな爺さんがね・・・」
警察だってそう思うだろうよ。
だからこそ「普通の人」が狙われる。「安全運転」だからこそ使われる。

この映画はアールの目線で見た「暢気なロードムービー」的な側面とベイツ捜査官を中心とした「マフィアと警察のジリジリとした攻防戦」という側面の二重構造。時々「同じ映画か?」と錯覚するくらいに場面に温度差がある。
鼻歌を歌いながらながら目的地に辿り着いた瞬間に音楽も(ピタッ)と止まり、リアルなシーンに切り替わる。こういうコントラストは見ていてもわかりやすかった。
それでもやっぱりアールの「お気楽ドライブ日記」は映画のテイストそのものを変えてしまうくらいのんびりした空気感が漂う。(見張っているぞ)って忠告されていてもお構いなし。
ドライスルーで買い食いしたり、タイヤがパンクして困っている家族を見過ごせなくて手伝ってあげたり・・・。そういえばこの親子との会話で「ニガー」と呼んでしまった時のやり取りに色々感じてしまった。

「今はニガーとは呼ばないのよ。我々は(黒人)と呼ぶ。あなた達を(白人)と呼ぶようにね」

台詞として今の時代の価値観をさらっと匂わせる。「そういう時代なんだよ」という意味でありながらも「何でもかんでもかよ」っていう若干の皮肉な雰囲気も込めつつ・・・。
とまぁとにかく自由。結果的にはその「自由さ」が事件を更に悪化させてしまうし、逆に止まっていた家族の時間を再び動かすことにもなる。
アールは悪事に手を染めてはしまったけど、本当の彼は人懐っこくて優しくて真面目な人間。
だからこそ彼はどんなときも最後まで逃げ出すことはなかった。
運びの途中で抜け出したのだって、メアリー(奥さん)と最後にキチンと向き合うため。そう考えると彼の「自由奔放」にはちゃんと信念があって、曲げてはいけないものは何があっても曲げないってことなんだろうな・・とどこか納得する部分でもあり。

でも、こうして僕が日本で映画を見ている間にも、意図せずにこういう事に巻き込まれている人々っているんだろうな・・・と思うと暗い気持ちになる。


~ワシは昔から警察官が大好きでな~
道中、警察に職質された際に得意の話術で切り抜けたアールが言った一言。
そうそう、そういうあんたも昔は刑事だったよね、マグナム44で犯人ブッ飛ばしちゃうような・・・。

ところどころに散りばめた小ネタや過去作へのオマージュなんかもあって、思っていたよりも若干ライトテイストな作りになっていたので、あまり肩に力を入れなくても見られる作品だと思います。
でも時々心に響く重い言葉なんかもありますので、見応えも十分です。

アンディ・ガルシアはいい感じで「匂い」がする俳優さんですよね。一瞬「デニーロか?」と思ってしまうくらいの佇まいはかなり効いてました。
あとはブラッドリー・クーパーさんですな。スケジュール的にもさぞ忙しかっただろうに・・・と人事なのに心配してみたりする。それくらいどちらの作品でも存在感のあるいい役でした。

そして・・・クリント・イーストウッド。何も言わん。とにかく長生きしてくれ。
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