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男はつらいよ お帰り 寅さんのNAOKIのレビュー・感想・評価

3.9
若い頃…おれは「男はつらいよ」、寅さんに全然興味がありませんでした。
「タクシー・ドライバー」や「マッド・マックス」や「AKIRA」に夢中だったんです。

普段は映画館に来ないようなおっちゃんおばちゃんたちが盆と正月に大挙押し寄せて、マンネリ喜劇に「ぎゃははは」と笑っていらっしゃる…勝手にそんなイメージを持ってました。
「食わず嫌い」だったのです。

全然観たことないわけではなかったが…自分もいい歳になって、「改めてちゃんと観てみよう」と思い立った…けっこう最近の話だ。

「泣き笑い」って、よく聞くけど…そうそう出来ることじゃないよ。
涙を流すほど感動しているのに可笑しくて可笑しくて笑ってしまう。

「男はつらいよ」…渥美清「寅さん」はまさにこれだったのです。

全48作…亡くなった後に作られた特別篇を合わせて49作…あっという間に全作品観てしまいました。

全作観て…自分がエライ勘違いをしていたことに気付いたのです。

「男はつらいよ」というシリーズは、寅さんという気のいい江戸っ子のおっちゃんが、その「辻売り」というやくざな商売の関係で日本全国を旅回り、その日本各地の風光明媚な風景や観光地を楽しめるご当地映画であり、毎回ゲスト出演する旬の「マドンナ」に一目惚れしてはフラれ故郷の柴又に帰ってきてはレギュラーの面々とどたばた人情喜劇を繰り広げる…そんな映画だと思っていたのです。

確かにその通りの映画なのですが、全作をじっくり観ておれは気付いたのです。

「寅さん」は人間ではなかったのです。

渥美清という男が一生をかけて演じた「寅さん」は自分のことを子供の頃に家を飛び出した根無し草のヤクザ者である。こんな男が自分が好きななった人と一緒になってはいけない…そんなことになっては彼女を不幸にしてしまう。だけど自分は彼女を愛している…彼女のためなら腕の一本、足の一本、いや命だって惜しくはない、即座に差し出してみせる。
本気でこう思っているのです。
こんな矛盾に満ちた人間なんているわけがない…いるとすればそれは…

だから時折…本気で寅さんのことを好きになるマドンナが現れると…寅さんは追いかけ回していたくせに土壇場で逃げたり台無しにしたりする…

「男はつらいよ」はファンタジーなのです。
寅さんは「聖人」…神様・仏様・天使の部類なのです。
その証拠に笠 智衆演じる御前様が度あるごとに…
「寅は仏の生まれ変わりかも知れない」
「寅は仏の遣わされた使者かもしれぬ」
などと言っていた訳です。
だから毎回、周囲を引っ掻き回すだけ引っ掻き回して最後はみんなを何故か幸せな気分にしてしまうのです。

そんな寅さんが本当の「聖人」になられて24年…今さら新作を作ってどうするんだ?と最初は思いました。
今の若い人たちに「昭和の笑い」が分かるのか?
ただの老いぼれたちの懐古趣味に終わるだけじゃないのか?

そうは思いつつもやはり劇場に駆けつけました。

ちゃんと満男の「今」が描かれ、気持ち悪いCGなどではなくデジタルマスタリングで綺麗になった過去の名作シーンの寅さんが回想としてよみがえります。

やはり再確認させられるのは「天才・渥美清」…今観ても素晴らしいその演技!

そうか…元々ファンタジーだった「寅さん」が消えるわけないのだ!
「昭和の心」である寅さんは当時以上に今のこの新しい令和の時代に日本人にとって必要なものなのではないか?

おれはスクリーンによみがえった四角い顔から発せられる美しい口上に溢れる涙をこらえる事が出来なかった。

やはり、作ったのは山田洋次監督…その脚本の美しさは健在で…
最近ではないがしろにされることが多い「伏線と回収」を正しく美しい形で見せてくれる。

最初の満男の夢…桑田佳祐による主題歌…自動改札になった現代の葛飾柴又駅…すべてが見事な伏線だったのだ!と見終わって驚かされる。

帝釈天の鐘突堂で少し鐘を撞いただけでへたりこむ「老いぼれガジロウ」にやっぱり泣き笑い…

そうか…「寅さん」は今…おれたちに必要なものだったのか…

「おじさん…僕たちはなんで生きてるのかな?」

「なんだお前…難しいこと聞くね…それは…なんだ…人間、生まれてきて良かったなって思えるときが少しはあるんだな…お前はまだないかも知れないがそのうちにきっとある…人間…そのために生きてるんじゃないのかな…」
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