ずどこんちょ

HELLO WORLDのずどこんちょのレビュー・感想・評価

HELLO WORLD(2019年製作の映画)
3.5
舞台は2027年の近未来。内気な高校生の堅書直実の元に10年後の未来の自分、ナオミが現れます。ナオミによれば、この世界は現実世界ではなく、無限大のデータを記録しているアルタラという記録装置の中のデータ世界であり、ナオミは現実世界から侵入してきた存在だと言います。
ナオミは10年前の自分を予定通り、同級生の一行瑠璃と巡り合わせようとするのです。なぜなら、一行瑠璃は現実世界の未来にはいないから。
彼女は交際して間もなく、落雷事故に遭ってしまったというのです。

ナオミはデータ世界の瑠璃を救出し、現実世界でなしえなかった未来を作り出そうとしています。そのため、直実に協力を依頼し、彼女を守り抜こうとするのです。一方、データの改竄を認識したアルタラの自動修復システムにより、直実の救出作戦は強行手段で阻まれていきます。
世界を変えて、彼女を救えるのか。そんなセカイ系SFアニメです。

アニメに詳しくはないのですが、この滑らかなキャラクターのモーションといい、データ世界で起こる様々な異常現象といい、映像が派手で惹きつけられながら見ていました。
「神の手(グッドデザイン)」が作り出すデータ改変も面白い。特に自動修復システムの狐面から逃れながら京都駅まで走るシーンで、直実が生み出す物体がユニークで。
幾重にも重なり合わせた歩道橋や、かつてナオミが出していた「止まれ」の標識、そして巨大なねじりパン。
これまで作中に出てきたアイテムが伏線回収のように再現されてそれで敵を阻止するのです。ユニークな発想。パッと思いついたものを生み出すとき、確かにそうなるのかもしれません。

本作を難解にさせているのが、複雑なSF設定とオリジナルの専門用語の数々です。
先述した「神の手」とは、直実が力を与えられたデータ改変能力のこと。これまでその世界にはなかった物質を作り出したり、改変したりします。
直実がいた世界で彼が発揮したら能力では、ブラックホールを一つ作ることが最大限の能力値でしたが、ナオミの世界でカラスが力を貸してくれた能力はその比にならないパワーを有しています。
歩道橋や自転車など複雑構造の物質を生み出すのもお茶の子さいさい。街の構造を変えたり、道を作り出したり、元の世界へと転送するゲートを作り出したりします。
普通の平凡な高校生が彼女を救うためにヒーローになれたのは、たった一つのこの力があったから。この力を一時奪われた際には、直実も何もできない無力感に絶望しておりました。

その他、量子なんちゃらとか、重複がなんたらとか、まぁ小難しい単語を使って開発者たちやナオミがあれこれトラブルに対処しているのですが、あまり気にしなくても大体のニュアンスは伝わります。
すべてを理解したいのであればそれはそれで奥深く楽しめるでしょうが、単語を一つずつ理解しなくてもやろうとしていることは何となく分かるので大丈夫です。

そんな中、一つだけ理解しないとならないのがこの世界が「入れ子構造」にあるということ。
序盤に明かされたように、直実の生きた世界は京都の歴史を記録・保存するシステム、アルタラ内部に記録された10年前のデータなのです。データ本人は自身がデータなのだという事には無自覚。
その直実の目を覚まさせてくれるのが、現実世界から来たナオミでした。『マトリックス』にそっくりな展開です。現実だと思っていた空間が仮想空間で、現実はその外側に存在しているという構造。
ところが、そんなナオミの世界にも「狐面」が現れて瑠璃を襲います。狐面はアルタラの自動修復システムでした。現実世界に現れるわけがない。つまり、ナオミが認識していた現実世界も何らかの仮想空間だったということです。
まさにマトリョーシカ。幾重にも重なった別々の世界の中で彼らは生きているのです。

導きの存在として八咫烏がモチーフになっていることや、京都の各名所が登場していること。そもそも「神の手」と言われるように直実に与えられたデータ改変という力は、データ世界においては万物の創造に等しいことなど、神様の存在を感じさせる設定が散りばめられています。

この世界の外側には大いなる力が働いていて、私たちは何かその神様の力に導かれて動かされているという考えはよくあるかと思いますが、本作の世界観はまさにそれなわけです。
そんな中で、直実だけが外の世界にいたナオミに知識を与えられて神様の力に抗おうとしました。枠の外へと飛び出そうとしているわけです。
けれども、そんなナオミの世界にもまだ外側からの大いなる力が働いていたのです。
ちなみに、最後に明かされる大どんでん返しのナオミの外側の世界のシーン。カラスが直実に協力していた理由とカラスを操作していた者の正体が明らかになって驚かされます。

さて、この入れ子構造の中に入っている限り、いつまでも直実は自分たちの世界が現実世界であるという確信は持てませんでした。
ところが、自動修復システムが停止した事によって狐面たちも活動が止まり、そして直実が戻ってきた世界もアルタラの介入を受けない新たな世界線となりました。

直実と瑠璃が最後に降り立った世界は、これまでのようにアルタラに記録されてきたデータをなぞる世界ではありません。
新しい未来、データにもなかった未来を紡ぐ世界です。それこそ直実は新しい世界を作り出すという、天地創造に等しいことを成し遂げたのです。
神様というと、どうにも神話や伝説のように仰々しく世界をお作りになられた…というイメージがありますが、平凡で内気な高校生がたった一人の恋人を救うために新しい世界を作ったというのもSFアニメならではの壮大な世界観です。

北村匠海、松坂桃李、浜辺美波という俳優陣が豪華だったこと。そして、Official髭男dismやOKAMOTO'Sらが楽曲提供をしていて、その辺りも力の入っている感じがしました。
ただ、少しOfficial髭男dismの「イエスタデイ」が名曲なだけに、ハイライト的なシーンでカットされながら流されるのはもったいなかった気もします。

それにしても京都はこういうタイプのSF作品でもしっかり絵になる舞台だなぁと思いました。