緋里阿純

ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネスの緋里阿純のネタバレレビュー・内容・結末

4.3

このレビューはネタバレを含みます

※本作に密接に関わってくる『ワンダヴィジョン』を未見の為、「ワンダがスカーレット・ウィッチになるまでの物語だった」という必要最低限の知識のみで鑑賞した感想です。

先ず、何よりもボリューム感。
公開前は、昨今のマーベル作品やハリウッド大作と比較して比較的短めの上映時間(126分)に驚いたのだが、以下の2点によって効果的に物語を進められる上にボリューム感も演出出来るのだと納得した。

①スカーレット・ウィッチが敵役の為、敵に関する説明を最小限に収め、テンポ良く戦闘シーンや冒険シーンに移行出来る。
②マルチバース設定を最大限活用し、3つの世界でのストレンジの活躍を見ることが出来る。

おかげで、2時間の映画なのに3時間の作品を観たかのような満腹感がある。
途中で通過するペンキの世界という意味不明なマルチバースまで挟み込み、笑いを取る余裕も最高。…まさか、あのペンキ世界が今後重要な意味を持つことになる伏線なんて言いませんよね?(笑)

特筆すべきは、ホラー出身のサム・ライミ監督ならではホラーテイストを取り入れた異色感と、しっかりとヒーロー映画的着地を決める手腕。これは、ホラー映画とヒーロー映画両方の畑を経験した彼でなければ成し得なかったバランスだったと思う。

序盤、マルチバース間を行き来出来るチャベスを追ってきた一つ目のタコ型生物との戦闘シーンから既に顕著なのだが、弱点である目を串刺しにするだけでなく、わざわざくり抜いて血管ごと引き摺り出す様を見せてくるあたりが最高。

そんなチャベスを執拗に追ってくるスカーレット・ウィッチの描写は、ホラーテイスト炸裂でとてもヒーロー映画とは思えない怖さがある。唯一の配慮を感じたのは、818世界に“ドリームウォーク”した際の彼女の姿。一般的なホラー作品なら返り血であるはずの部分が、ウルトロン(これもファンには堪らない)のオイルで表現されているのは上手いなと思った。

また、そんな818世界でのスカーレット・ウィッチと、その世界でのアベンジャーズ枠である“イルミナティ”との攻防も中々に皮肉が効いていて実に悪趣味(笑)
「彼が口を開いたら終わり」と前振りされていたキャラの口を無くして殺す様子や、キャプテン・アメリカを彷彿とさせる盾で持ち主の身体を切断する等のバラエティに富んだ殺し方は、これをヒーロー映画でやってしまうという点もあって見ていて爽快感すらある。
個人的には、『インフィニティ・ウォー』では先の展開の為に決して実現させられなかった、“アベンジャーズ全滅”を擬似的に見せてくれた事が実に満足。

極めつけは、別のマルチバースからやってきたディフェンダー・ストレンジの遺体にドリームウォークして、死霊達を従えて最終決戦に臨むストレンジの姿。“ゾンビストレンジ”とでも呼ぶべき強烈なビジュアルは、スカーレット・ウィッチと比較してもどちらが悪役か分からない。厨二病的ビジュアルや戦闘エフェクトも実に好みだった。

とにかくビジュアル面は全編に渡ってサム・ライミ節が炸裂しているのだが、物語としては「誰しも“もしも”の世界に想いを馳せる事はあるし、仮にマルチバースが存在し、それを手に出来るのなら手を出してしまう弱さもある。だが、自らの幸福のために他者や他の世界を侵して良い理由にはならないし、我々は自分が今居るこの世界で生きていくしかない。」という、ヒーロー映画として至極真っ当な精神が流れているのがニクい。

ワンダ/スカーレット・ウィッチ役のエリザベス・オルセンの熱演もあって、自らの幸福の為に躍起になる魔女の姿と、マルチバースで息子を愛する母としての姿の対比も見事。クライマックスでトミーとビリーに恐怖された際や、マルチバースのワンダに「私が愛します」と告げられ、息子達を愛するのは別のマルチバースで別の自分が果たすべき役割なのだと理解した瞬間の切なさに満ちた表情は、この作品の白眉。

ビジュアル面の異色感とストーリー面のヒーロー映画感、両方の美味しいところを存分に堪能出来る本作は、実に贅沢な作品だと思う。
個人的に、ドクター・ストレンジは演じるベネディクト・カンバーバッチは好きだが、キャラクター性と前作はあまり印象的ではなく、アベンジャーズやスパイダーマンといった他作品への出張中の彼の方が好みといった具合だったのだが、今作で提示されるクリスティーンへの未練やチャベスへの優しさといった人間性の魅力によって、一気に彼のことが好きになった。
ラストで手塚治虫作品の『三つ目がとおる』みたいになった彼が、今後どのような活躍を見せるのか実に楽しみである(笑)
緋里阿純

緋里阿純