レオピン

クーリエ:最高機密の運び屋のレオピンのレビュー・感想・評価

3.7
キューバ危機についていくつかドキュメンタリーなど見てきたつもりだったが知らなかった。大抵事件のきっかけはU-2機がたまたま撮影したフィルムに重大な何かが写っていたという描かれ方だ。がそんなわけない。初めから彼らが流してくれた情報を基にしてU-2が偵察飛行で撮ってきたんだ。この映画はそこに至るまで、キューバ危機自体を描くというよりも、この歴史的な出来事に翻弄される二人のスパイの関係に焦点を当てている。

ソ連の大物スパイ、オレグ・ペンコフスキー大佐
彼の連絡員となった英国人実業家、グレヴィル・ウィン

自らの信念に従った行動で祖国を家族を裏切ってしまう。捕まってからは色んな思いが押し寄せたことだろう。葛藤などと生ぬるいことではない、はっきり後悔もしただろう。どうやって絶望に耐えたのか。時代のうねりの中、体制の違う国同士の二人の男が密会を重ねお互いを信じあった姿がせつない。
ちょっと韓国の『工作 黒金星と呼ばれた男』を思い浮かべながら観た。初対面でネクタイピンを褒めあうところなんか。あれも二人の関係性に涙した。あと、終わったらモンタナに行くよ 故郷に似ているんだ カーボーイにでもなるのか には『ブロークバック・マウンテン』も。。
とにかく演じたメラーブ・ニニッゼはすごくよかったな。妻の妊娠の報告に本当に嬉しい表情を浮かべていた。

映画では彼の逮捕は10月28日(13日間の危機の終結日)だったが、実際には22日(危機の7日目)。真っ最中に捕えられたのだ。この日が絶妙でこれ以降アメリカには一番必要な時に彼からもたらされる情報は途絶える。要はフルシチョフが最初から妥協するつもりだったということ。そしてこの日の夜、ケネディ大統領のテレビ演説が行われ世界は破滅の危機に立たされていることを知る。
こんな劇的なことってある? もう少し遅ければ、少なくとも大戦以来最大の危機と呼ばれるほどの両軍の緊張のエスカレートは避けられただろう。彼の最期は詳細は不明だが生きたまま火あぶりという説もある。

なんでバレたのか分からないが結果CIAは守れなかった。女性要員エミリーは強引で脅し文句も堂に入っていた。だが彼らは責任をとらない。ラングレーの連中も本当に間抜けで、得られた情報を頭から否定しソ連がキューバにミサイルなんてないんじゃないすかと鼻で笑う。大統領を呼び捨てで明らかに毛嫌いしている長官も。大体カモフラージュが巧みだったとはいえ、ロシア人が既に何千人も上陸してミサイル基地まで作り上げそれを完成直前になるまで見過ごしてしまったこの組織。そもそもカストロを向こう側に追いやったのもこいつらのせい。冷戦下の穀潰し。まさにお笑いCIA。

物語前半は家庭持ちの中年ビジネスマンが突然スパイにというおかしさで幾分安心して観れる。街灯に印をつけて連絡をとるという所がリアルだ。モスクワ入りを重ねるにつれ、イライラするようになるわ 身体を鍛えだすは 夜はスゴいわ で妻は不安になり同僚に浮気の相談をする。一介のセールスマンがいきなりクーリエに抜擢されたように描かれるが、実際には何年にもわたってMI6による訓練を受けたそうだ。辞書の向きで察知するぐらいには成長していた。

だが後半は厳しい展開。KGBは自白しないウィンに、囚人のジレンマとばかりにあいつはもう喋ったぞと迫る。この後半の収容、取調べのシーンはほぼ舞台といってもいい。照明の効果をうまく使っていた。カンバーバッジは体重を落とし、髪も剃り、肉体的な説得力はさすが。シャワーを浴びる背中に全体主義抑圧国家の人権蹂躙ぶり、非人間化をまざまざ見せられ目をそむけたくなる。

抑留から解放されようやく我が家に戻った日、玄関でフラッシュバックのように収容所で彼とつないだ手の感触が蘇える。我々のような人間が未来をつくるのかもしれない。歴史をつくるのは人の思いだ。これからもずっと。

⇒NHKのドキュメンタリー(90年ぐらいの)で、当時のソ連で上演されたというキューバ危機をケネディを主役に据えた演劇を紹介していた。ロシア人がエクスコム会議の閣僚たちを演じているお芝居。JFKは危機から救った大統領ということで大人気のようだった。もっとロシア側から見たキューバ危機も知りたい。ケネディを主役に芝居が出来るんだから本当は分かっているんじゃないか。ペンコフスキーは裏切り者どころか世界を救った英雄だよ。
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