ヨーク

機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイのヨークのレビュー・感想・評価

3.7
ガンダム作品は漫画やテレビゲーム等の全メディアを含めると膨大な数になるので当然のごとく全作品を網羅しているわけではないが、こと映像作品だけに絞れば結構な数は見ていると思う。さらにいわゆる宇宙世紀モノに限って言えば全作品見ている、はず。多分。
なので本作『閃光のハサウェイ』もすんなりとお話に入ることはできた。ちなみに原作小説は昔友人から借りて読んだのだが昔すぎてほとんど覚えていない。どっちかというとテレビゲームのGジェネシリーズでの方が記憶にあるほどである。というかまぁぶっちゃけ中盤辺りはなんだかグダグダやっててあんまり面白くなかった記憶しかないし、テレビゲームで物語を再現されるときも大抵は中盤をまるっと削って序盤と終盤だけで再構成されていることが多かったように思う。だからお話の大枠は覚えているけど細部は忘れているという状況で観たわけですね。そういう感じだったので本作を観ながら、そうそうこういうシーンあったよなぁ…、とか思いながら観ていたのである。
さてお話はというと細かく説明すると凄く面倒くさいのでアースノイドがどうとかスペースノイドがどうとかアムロとシャアがどうとか全部ぶん投げて一言で説明するとテロリストのお話です。政治が腐敗して不正が横行しているのでそれを正してやりたいという清い志を持つ人間が主人公であるハサウェイくんなんだけどハサウェイくんは自分が政治家になって世直しをしようという方向には行かない。そんな悠長なこと言ってられっか! 連邦政府の腐った高官共は粛清じゃい! と暴力革命に打って出るわけである。暴力行為を伴う恐怖によって自らの要求を認めさせるという点ではハサウェイくんは言い訳不可能なほどにテロリストの要件を満たしている。しかしまぁハサウェイくんはメタ的には客の共感を得なければいけない立場の主人公だし何も喜んでテロ行為に勤しむわけではなく、本当にこれでいいのか…と葛藤はするわけだ。というか心中ではこんな行為は許されるものではないと自覚している節もある。というわけで本作は理想と手段の物語なわけですね。
いくら高潔な理想であったとしてもそれを実現するために手を汚しても許されるのか、というお話なので正直よくあるお話ではある。時系列的には前作にあたる『逆襲のシャア』もぶっちゃけ似たようなテーマではあるのだが『逆襲のシャア』はどうしてもアムロとシャアというあまりにも制作側の手を離れて人気になってしまったキャラクター同士の戦いの決着という面が大きすぎて正しさを実現するための悪行というテーマを描き切れなかった(実際逆シャアはこれでもかと戦闘シーンを詰め込まれたアクション映画だ)のではないだろうかと思う。その辺に悔いが残ったのかどうかは知らないが、富野由悠季がわざわざ『逆襲のシャア』で終わりにするつもりだった宇宙世紀の物語の続きを書いた理由はその辺にもあるんではないだろうかと思う。少なくとも富野としては本作の原作小説を上梓した時点では30年近く経ってから映画化されるとは思っていなかっただろうし映像化するための原作として書いたわけでもないだろう。ぶっちゃけ30年も前の小説を掘り起こして映画化するなんてことはバンダイとサンライズがこれからもガンダム商売(の中でも宇宙世紀モノ)を続けていきたいということ以外にはないんじゃないかという気もする。
その辺に関しては俺は古い作品を掘り出してきて「あの知られざる名作がついに映画化!」なんて売り方することに対しては否定的ではあるんですけどね、でも映画としてどうだったかというと結構面白くはあった。お話自体は30年前の小説だし良くある感じなんだけど本作はとにかく一つ一つの細かい描写が良かった。精緻な描写の数々はアニメーションとしての質は非常に高い。特にガンダムだからということもあろうが見せ場のアクションであるMS戦の描写は凄まじい。市街地でのMS同士の戦いはそれを見上げる生身の人間の視線で描かれていてやはりモビルスーツは悪と戦うロボットなんかではなく兵器なのだということを思い知らされる。その部分に文句があるとしたらMS戦が夜間戦闘ばかりで画面が暗かったことくらいだろうか。まぁその分ビーム兵器や爆発のエフェクトはガンガンにキマっていて格好良かったのだが。
あとは緊張感のあるBGMと役者陣の熱演も良かったですね。特に空中受領からのクスィー起動のシーンは近年ロボアニメの主役機の登場シーンとしては屈指のワクワク感があった。その辺は最高。
で、褒めてばかりもあれなのでイマイチだったところも書いておくが、これは本作に限ったことではないのだが宇宙世紀のガンダム作品では『Zガンダム』以降は何かと連邦政府の腐敗が云々と言われてそれが戦乱や紛争のきっかけになったりするのだが、俺が知る限りではその問題の連邦政府の腐敗ってのは具体的にどういうことがあったのか描かれてないんですよね。たとえば現実世界でいうならばロッキード事件みたいな大規模な汚職事件があったとかそういうことは一切描写されないの。本作でもハサウェイくんは腐った連邦の高官共を粛清してやると思って行動に移すわけだが具体的に連邦政府という組織にどんな問題があるのかは描かれない。象徴的なアイテムとして連邦の高官が所有している限度額無制限で支払いは全部連邦政府の財布から出るという魔法のようなクレジットカードが出てきて、それに対して「こんなものが存在する仕組みはおかしい…」と言われるわけだが、そんな魔法のランプみたいなカードが存在できる現実的な金の流れの仕組みとかは具体的に描かれずに結局は不公平の象徴としてしか描写されない。要するに連邦政府の腐敗なんていうものはMS同士でドンパチ戦争するための耳触りの良い理由付けでしかないじゃないかというところは明確に不満でしたね。一応作中には割を食ってる貧乏なスラムの描写とかもあるんだけどそれもいわゆるそういう「設定」として軽く流されるだけで貧困問題を真面目に描こうとかそういうのはさらさらないですし。タクシーの運ちゃんとの会話とかはいい感じだったからそこから掘り下げられるような、明日の世界のことなど考えられない彼らの日々の生活の描写を観たかったなぁ、というのはある。
あとは少なくとも本作の時点ではヒロイン枠のギギも個人的には全くと言っていいほど魅力を感じない。ザ・富野ヒロインという感じではあるのだが余りにも個としての魅力がなくて描くべき男のためのキャラクターとなっているのが残念だなぁと思う。確か原作小説では明確に娼婦であるという描写があったと思うんだが映画ではその部分がパパ活女子的な感じに濁されていてそのせいで彼女の地が見えないのがダメだと思うんですよね。まぁララァも映像作品ではそのへんぼかされてるわけではあるが…。
とはいえまぁ自身の理想と行動の間のギャップで苦しんで鬱なサイコっぽさも感じるハサウェイくんは魅力あったし、お話もこの先原作通りに進むのかどうかも分かんないし、次回作を楽しみに待ちますよ。ギギのパーソナリティも次回作で掘り下げられるかもしれないし。
ちなみに個人的にはガンダムだろうが他のロボだろうが仮面ライダーだろうがデザインはシンプルでシュッとしたシルエットが好きなので昔からクスィーもペーネロペーもデザイン的にはごちゃごちゃしすぎで全然俺の琴線には響きません。ただ、それなのにアクションシーンはめっちゃ格好良かったと思うのでそこだけでも本作は観る価値はあると思うね。
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