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レ・ミゼラブルのKnightsofOdessaのレビュー・感想・評価

レ・ミゼラブル(2019年製作の映画)
5.0
BIFFレポート④[クリシェを嘲笑う現代の『ジョーカー』] 100点

超絶大傑作!!2018年のサッカーW杯に浮かれるパリ。二度目の優勝を果たした故国を祝して、シャンゼリゼは練り歩くファンで埋め尽くされる。そんな熱狂の中、主人公ステファンは田舎から新人刑事としてパリにやって来る。ヴィクトル・ユーゴーが『レ・ミゼラブル』を書いたと言われるその地区は、今ではマンションが乱立し、人種や宗教の入り交じる地域に様変わりしていた。監督ラジュ・リは今年39歳と遅咲きながら、デビュー作でカンヌ国際映画祭のコンペに選出され、そのまま批評家にも激賞され、クレーベル・メンドンサ・フィリオ『Bacurau』とともに審査員賞を分け合うという快挙を成し遂げた。

ステファンの指導に付いた昼番の先輩刑事、白人のクリスと黒人のグワダである。彼らは勿論田舎出身のステファンとは異なる倫理観を持っており、この街で警察をやるにはナメられてはいけないという信念のもと、出所したての男に"俺がブチ込んだの憶えてるか?"と声を掛けたり、不自然な場所に立っている少女にセクハラ捜査をしたりしている。当然、彼らの威圧的な態度は相当な反感を買っており、まるで爆発寸前まで膨れ上がった風船に火花をチラつかせるかのような態度で映画を危険にさらしていく。
一方、地元の少年たちはマンションの前のゴミ溜めになったスロープや小さなフットサル場で遊び、地元の大人たちはバザールで日用雑貨を売っている。地区のマンションのエレベーターは市の方針で止められており、日用雑貨などを窓まで持ち上げて運び入れる仕事をしている場面にも出くわす。また、冒頭のシーンでイスラム教徒が子どもたちを取り囲んでリクルートしているシーンがあり非常に驚いた。こんな感じで、エピソードを小出しにしつつ、ありがちな"現代の刑事もの"として物語は幕を開ける。

本作品には現代的な要素としてドローンが登場する。持ち主は監督の息子が演じるバズという少年で、団地を飛ばしながら窃視的な使い方をしていることからもスマホの危険性を暗に示している気すらしてくる。また、ドローンで撮影された映画のショットと共に、バズの視点を持った劇中ドローンのショットが共存することで、神の視点と人間の視点が共存したようにも見えるのだ。その後の展開から察するに、人間が神に近付きすぎたせいで散り散りにされた"バベルの塔"の寓話を思い出してしまう。

そんな中、ジプシーのサーカス団からライオンの赤ちゃんが連れ去られるという事件が発生する。バザールを取り仕切る"市長"率いる黒人勢力、肉屋の店主サラーを中心に集まるムスリム黒人勢力、そして"黒人のガキが盗んだ!"と言い張るロマのサーカス団は目に見えて対立し、亀裂は熱を帯びて広がり始める。そして、警察たちは彼らを丸く収めながら一抜けして威厳を保とうと躍起になる。しかし、ここまでの展開は言ってしまえば想像の範囲内だ。犯人はあっさりと見つかり、彼を殺しかけて隠蔽しようとする流れにも既視感を憶えなくはない。こうしてクリシェにクリシェを重ねていき、最終的に倫理観を問う疑問を投げ掛けて終わる。ここまでなら60点満点のうち60点のような、よくある刑事映画だが、本作品はここからの展開が凄かった。

※現地レポート
釜山映画祭で最も大きいスクリーンでは、ほとんど途中退場者を出すことなく上映を終え、地鳴りのような歓声とともに監督ラジュ・リとステファン役のダミアン・ボナールが登場した。"立ってるのもなんだし、座っていい?"と言って舞台の端に座った気さくな監督は、熱っぽく映画について語り、韓国語フランス語通訳という何も分からない空間ながら楽しんでしまった。釜山の訛りもあったらしく韓国語の分かる友人も全部は聞き取れなかったと言っていたが、資金繰りに苦労したことは分かった。かなり心配していた作品だっただけに、圧倒的な結末への満足度の高く、ブリュノ・デュモン『Joan of Arc』、パブロ・ラライン『Ema』に続く大傑作として、大いに満足した一日になった。
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