りっく

愛なき森で叫べのりっくのレビュー・感想・評価

愛なき森で叫べ(2019年製作の映画)
3.8
日本犯罪史に残る、かの有名な北九州監禁殺人事件に着想を得たと謳われている本作。だが、椎名桔平演じる主人公が次々と相手の心を掌握し、時に通電で虐待しながら自らは手を下さずに、家族同士に殺し合わせ死体を解体させる以外は、むしろ園子温印が濃密に刻印された一作だ。

「自殺サークル」のように飛び降り自殺を試みる女子学生たち。「愛のむきだし」で新興宗教の世界に引き込まれそうになる無垢なヒロインを現実に引き戻そうとするように、椎名桔平への盲目的な想いを断ち切らせようとする男たち。相手を口車に乗せて騙し、ボディを透明にする解体風景はまさに「冷たい熱帯魚」だ。

本作でも園作品共通のヒロイン名であるミツコが登場する等、過去作を連想させる描写が多々散りばめられる。だが、最も園子温印を感じるのは、愛知県豊橋市から上京し、ぴあフィルムフェスティバルを目指し映画を撮る、「地獄でなぜ悪い」を連想させる満島真之介のキャラクターだ。そしてそれは確実に園子温本人の生き写しだ。

本作は北九州監禁殺人事件を実録ものとして描くこともできたはずだ。だが、園子温はあえてこの映画クルーたちを椎名桔平の物語に絡め、自分の好きな映画作りという世界も一度椎名桔平に乗っ取らせた上で、そのパワーバランスを逆転させてみせる。

処女であること、童貞であること、映画が大好きであること。その気持ちは穢れなき神聖でピュアだと思われがちだ。だが、その奥底には同様に人間のドロドロした欲望や裏の顔がある。

それを映画というフィクションの世界で、今まで自分を散々舐めてきた馬鹿にしてきた輩たちに復讐の機会を与える。それも偽りの幸せな家族像を破壊するホームドラマを撮ってきた、偽善者に中指を突きつける園子温ならではであり、近年牙を抜かれたような娯楽作を量産していただけに、昔からの園子温ファンとしては嬉しい限りだ。

だが、本作が致命的なのは、椎名桔平演じる詐欺師が薄っぺらに見えるところだろう。何故数々の女性たちの心を掌握し魅了させるのかが全く描き切れておらず、結局小心者の詐欺師程度の小物にしか見えない。実際の事件よりも、園子温の個人的な想いに重きを置いた結果、作品全体としては特に終盤に向かうにつれて、バランスが崩れてしまった印象を受ける。
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