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少年の君の8637のレビュー・感想・評価

少年の君(2019年製作の映画)
4.2
まずは一言。辛すぎる。彼らはそんな境遇を乗り越えて笑っている。
ただのいじめの辛さだけではなくその場所、その時代ならではの境遇の過酷さを捉えて、総じて悲劇としているところに脚本の業を感じる。更にスタイリッシュな映像が若干のハードボイルドっぽさを思わせたり、"顔"の主張で泣かせに来るのも飽きない理由の一つ。時に映されるリア充描写があざとい。そしてそれら全てを吸収する慟哭のハッピーエンドでさすがに泣いた。傑作。

制作国も舞台も違うが、この映画の初感は昨年の「はちどり」だった。けれど僕はあれが好きではない。"いじめ"をテーマにした人間ドラマなのにキャラクター造形が曖昧で、全員が悪人に見えて共感も感動もできなかった。
この映画は、「はちどり」になかったものを持っている気がするのだ。男女の邂逅で"救済"が分かりやすく表現されていて、その行く先がドラマティックながら現実的なところが良かった。

刑事が「いじめって昔はなかったのにな」と溢すシーンがある。例えば、昔は教育の為に教師は体罰を厭わなかったと聞く。そんな制限が無いからこそ、今のある種の「ゆとり」的時代にいじめが誕生してしまったのではないか。

いじめとはもっと個人的に起こるべき事だと思う。いじめられっ子が助けを求めるところまでは必要。だがマスコミがこれについて取り上げれば趣旨は変わる。伝達手段が普及し、今や「拡散の魔力」からプラスの意味を見出せないような時代だ。好き勝手に晒されてしまえば、いじめのサイクルは終わらない。飛び火や復讐は有り得る話だ。
(確かにマスコミという存在は、いじめに遭っているものの恐れから届かない"声なき声"を誘導する勇気に繋がるかもしれない。しかしそれだったら、「映画」のような創作物でちゃんと"正解"へ導けばいい話なのでは、と思っています。)

そんな中でも、教育は続く。日本の人口より遥かに多い中国では、その学力闘争も壮絶な訳で。その壮絶さは、日本の戦争時代すら想起させた。
そんな僕も今年は受験をする身だ。自分の身の回りで、この映画のような出来事が起こらないことを願う。しかしこれは、どこか片隅に存在する"いじめ"を無視している奴の意見かもしれない。
チェンはいわゆる"神童"だが、正直自分もそれに近い感じなんだろう。だから彼女の抱える"闇"を少しだけ理解できている気がする。真面目なひとは責任感を持ち、強くあれとよく言われる。そういう人ほど周りから浮き出て、よくいじめの対象になるからだ。「学力がある」という本質と「いじめの的」にされる不条理は全く別物なのに。だからこそ彼女なら、周りで起こるいじめを無視しない。いや、これも真面目な人に対する先入観だった。

だけどチェンは本当に辛そう。自分の明確な意思で選んだ訳ではないのに、家庭環境の不遇で"社会のはぐれ者"呼ばわりを受けている。
そもそもいじめとはどこからの事を指すのだろう。彼女が負う怪我は法に問われてもおかしくない程度に痛々しかった。
いじめっ子とは卑劣な存在だ。僕は"周りの圧力からの自己防衛でいじめる人"も擁護しない。強い奴の下に巻かれて、一番苦しい人とは誰だったのだろう。

そんな少女とチンピラが出会う事でやっとこちらにも安心感が芽生え、一旦二人の笑顔に縋り付いてしまうのではないだろうか。初っ端から下心が提示されているのには若干構えた。しかし既に、チェンはシャオベイに守られ、シャオベイはチェンに癒しを求め...という共存関係が成り立っていた。その"共存"が"共依存"に変わる瞬間も映し出されており、また物語は哀しくなっていく。

終盤ずっと考えていたのは「同情と偏見」についてだった。この二つどちらかが心の中にある限り、善悪を定める資格のある人間なんていないだろう。
取り調べのシーンで、過去の因縁をもとに相手に同情してしまい、正当に裁くことのできない検察官の葛藤が見える。同情がある限り真実は知り得ない。そう言いながらも、僕だってチェンとシャオベイに"映画の主人公"として同情し、最悪な結末の回避を望んでいる。
反対に女性検察官は「子どもだから」と、相手の童心に漬け込み、偏見気味で有罪に持ち込もうとしていた。子供が無知なのも、彼女も仕事と平和の為に無理強いでも正当に裁こうとしていたのも事実だ。しかし子供として、低脳のように扱われるのは何処か気にかかる。もしかしたら大人になってしまえば、僕も偏見を持って批判してしまうかもしれないけど。

最後にささやかに、直接的に訴えかけられるメッセージについて。僕は賛成派で、「この為の二時間数分だったのかよ...」感はあるものの、問題提起の映画はここまでしなければ駄目なんだと思う。でないとエンタメとしてしか消費されない気がする。
...まぁ、かなりギリギリを攻めてるなぁ、とは思う。

そして観てから数日後、高校3年生のチェンを演じた女優さんがもう20代後半であるという事実を知り、何故かまた泣いた。佇まいの大胆さと初々しさが混在していたあの演技は、一生忘れられなかったのに。

もっと書きたいけれど、"いじめ"はごく身近な話題で永遠に語ってしまえるテーマであり、別のところでもこの映画について話してみたいので、今回はここまで。家庭環境や年齢の違いはあるが、誰にでも考える余地のある傑作だと思う。



2021.08.14 再見 @シネマ・ジャック&ベティ

作文を書くために観に来た。初見のオンライン試写と違って、いくら苦しくても止められない。これから起こる悲劇を既に知っているので、辛くて劇場から出たくなる瞬間もあった。
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