次男

マリッジ・ストーリーの次男のレビュー・感想・評価

マリッジ・ストーリー(2019年製作の映画)
4.3
ノア・バームバックは、大好きな監督のひとりだけど、この人が描く結婚の物語と聞いて、正直僕はとてもびびって、観るのにずいぶんかかってしまったな。えい、と再生ボタンを押して数分、多幸感に満ち溢れ、ああ素晴らしいさすが、と。で、その感情は数分の寿命だった。

あまりにも見事すぎる導入からは、転がる球体を見るような気分だった。アンコントローラブルに進んでいくそれを眺めながら、感情が右往、左往、心はこんなに動いているのに不思議と涙は出なかったり、脊髄反射のように涙が噴出したり。さりげない一挙手一投足に感情は振り回されてーーもう映画として見事としか言いようがないなーー登場人物たちのように情緒は不安定だった。「そうする」理由と「そうできない」理由を同時に納得するし、目の前に答えはありそうで、答えなんてない気持ちにもなる。

人が人と生きる仕組みや枠組みについての、平たく言えば家族とかそういう類の、ある種の限界を知る。知性と感情を持つことの、利点と弊害。僕たちは基本設定として「つがい」を求めてしまうこと、さらには、つがいに対するシステムとルールがしっかりと整備されてること。

ポジティブな意味でなく「絆」という言葉を使ってみるけど、絆は無敵じゃない。絆は大いなる味方で、大いなる呪いだなと。思った。人が人と生きること。

◆◆

夫婦ふたりの芝居の素晴らしさ。筆舌に尽くし難いな。名シーンのオンパレード。言わずもがなの喧嘩のシーン、最後に涙して崩れ抱き合うふたりの姿を見て何も心が動かない人がいたらそれはもう死んでるのと同義と思う。調停と裁判の、物言わぬふたりの姿も。

子供のことも考えないではいられない。明らかに事情に振り回されている子供、が、常に自然体に思えるのがすごい。演技的な涙や、観客の感情をコントロールするような芝居はなく、ただ、振り回されて生きている様。

あと、キャスティング、見事すぎるよねー。弁護士陣への不快感、監査官の女性への納得感。母親や、姉や、昔話大好きな劇団員や、もう全員見事、全員適切な量の「不快感」を与えてくれてました。

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あと、撮り方。撮り方も見事すぎた。

基本的に、カメラの存在を感じなかった。名優の名演をただ映しただけのような、見事な存在感の消し方。「同じ時を過ごした2人だから気づく視点」はこの作品の大きな特徴だと思うけど、それをヨリやらなんやらで殊更に見せない、観客が「僕は気づいてしまった」と思えるような、余裕のあるフレームワークだったと思える。

反面、唐突に演出的になったりするから、それが本当に効く。演出的なカメラワークは数度だったと思う。特に、門扉が閉まり2人が隔たれるところ、急な速いカットバック。あれは目が覚めたなあ。2時間超の映像の中で、「演出的なカメラワークは数度」って、すごい度胸と設計力だよなあ。

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「誰よりも理解しているし、信頼しているし、はっきりと愛しているけど、憎くて、許せなくて、負けたくない、最大限のカロリーを傾けるけど、その人は一番近くにいる人ではない」、そんなとんちみたいなことが起こるらしい。人間は。「ひえー」じゃない?「ひえー」以外ないでしょ。
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