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アフター・ヤンのNAOKIのレビュー・感想・評価

アフター・ヤン(2021年製作の映画)
3.9
皆さんは小津安二郎という監督をご存知でしょうか?

戦前戦後を通して日本映画を牽引した巨匠で60年前に亡くなった。
おれが映画小僧だった頃、この監督を知らなくて皮肉なことに海外で知ることになったのです。
この小津安二郎という監督…海外での評価が異様に高く国によってはあの「世界のクロサワ」を凌ぐほど…

友達になったフランス人に「お前は日本人のくせに小津を知らないのか?」と呆れられ…
焦ったおれはレンタルVHSで小津安二郎の代表作を何本か観たのでした。

「なんでこんな辛気臭い日本映画に外国人たちは熱狂するのだろう?」

小津安二郎のそのカメラワークや構図の素晴らしさ…世界的に不変な家族をテーマにした人間ドラマの魅力が若いおれにはピンと来なかったのです。(笑)

小津の凄さがわかり出したのは結構おれが歳食ってからでした。

そして今こう思ってます。

知ってる知らないリスペクトするかしないかは別にして映画というものは「黒澤型」と「小津型」の2つに分けられるんじゃないかと…

例えばスピルバーグやジョージ・ルーカスやルッソ兄弟なんかは黒澤型、つまり娯楽性の高いおれたちを熱狂させるとにかく面白い映画を作る人たち、大抵の映画ファンはこの黒澤型の映画が大好きで世界中で興行収益を叩き出し映画業界を支えている。
だけど不思議なことにこういう映画を下に見る傾向があってアカデミー賞やカンヌやベルリンの映画賞レースではあまり評価されない。

対して小津型の映画は芸術性や文学性を重視して作られる。ツボにハマれば一生ものの感動を与えてくれるが黒澤型の観点から言うととにかく面白くはない(笑)
しかしこういった映画が賞レースを席巻し批評家の評価も高いのが現実…
ジャームッシュやカウリスマキ(ものすごく面白いが)も小津型に入るかな?

というわけで映画を観る前に「これは黒澤型」「小津型」と先入観を持ってしまうと期待はずれになってしまうわけだ。

黒澤型かと思ったら小津型で眠っちまったぜ…
小津型と思ってみたら黒澤型でくだらなくて…

こんなことが起こるわけです。

アナログ時計とデジタル時計とでは脳内でそれを読む部位が違うらしい。黒澤型と小津型の映画も脳内で感じる場所が違うのだ。

バイクに乗ったりアウトドアを楽しんだりスポーツ観戦に熱狂する脳の部位で観るのが黒澤型…
絵画や音楽を鑑賞したり本を読んで感動する脳の部位で観るのが小津型…(もういいか)
正直に言うけどおれはどちらのタイプの映画も優劣なく愛せるタイプです。それだけは言っておこう(笑)

さて本作「アフター・ヤン」

前作「コロンバス」を観た人はコゴナダ監督が間違いなく小津型監督であることを知っているのですが、本作「アフター・ヤン」は人型AIロボットやクローン人間が普通に家庭にいる未来を描くSF…そのAIロボットが故障(或いは死亡)するところから映画は始まる。

このプロットから黒澤型を期待をする人が多いのも無理はない。
彼らは眠気と戦うことになる(笑)

白人の夫、黒人の妻、アジア系の養女、これも見た目はアジア系のテクノと呼ばれるAIロボット「ヤン」

ヤンが動かなくなり彼の修理のために夫コリン・ファレルは奔走する。
中古で手に入れたヤンは分析の結果、何やら他のテクノと違って桁違いのメモリーを積んでいることがわかる!
そしてヤンは1日のうちで記録すべき(目的はよくわからないが)と考えた数秒間を録画してメモリーに蓄積していた!

家族の中で異物だったヤンの不思議な「思い出」を見ていくことになるのだが、これが素晴らしい!メモリの中で静止画にたどり着き「再生」と指示すると数秒間の動画が流れる…
この「ヤンの思い出」が素晴らしいのだ。
異物であるはずの彼がこの家族をどう見ていたか?そしてヤンの過去…

緑に包まれたアジアンテイストの家屋の中の不思議な光…
お茶…
そしてヤンの「思いで」

これは…
おれは不思議な感動に襲われました。
これは…まるで小津安二郎の「東京物語」でなはいか!
ヤンは東京物語に出てくる義理の娘だ。
異物だと思っていた存在が実は一番家族のことを…

おれはコリン・ファレルが笠智衆に見えて来て仕方なかった(笑)

それしてもコゴナダ監督…
不思議な名前だな…と調べてみると韓国系アメリカ人。

その名前はなんと小津映画の脚本で知られる野田高梧から来てるらしい。

コウゴノダ→コゴナダ

谷啓とか江戸川乱歩と同じシステムだったのだ!

コゴナダ監督…骨の髄まで小津安二郎にどっぷりの監督だったんだ!

皆さん「アフターヤン」は完全な小津型映画で「AI」とか「ブレードランナー」を期待して観に行ってはいけません!(笑)

その柔らかな光に満ちた映像と静かな言葉に身を委ねる映画です。劇中でコリン・ファレルが入れるお茶を味わうように…
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