HicK

スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホームのHicKのネタバレレビュー・内容・結末

4.6

このレビューはネタバレを含みます

《弧を描いて完結する有終の美》

【引っかかる序盤】
毎回「コメディーだから許してね」と言うかのような手法のジョン・ワッツ監督。今回も強引な力技がスケールを増している。呪文の邪魔をされマルチバースが開く、死ぬ運命の悪人を集めて「彼らを助けたい」、あまりにも安っぽい口実。『助ける』に関して、結局最後までそれは『優しい』のか深く考えてしまった。「X-MEN3」の"キュア問題"を思い出す。

ちょっと引っかかる事をもっともらしく言うメイとピーター。監督が3作通して全員を天然ボケにさせたせいで、今回も大暴走にしか見えない。もしサム・ライミ版メイが「助けたい」と言ったら神様のお告げに聞こえたかもしれない。Dr.ストレンジとの豪華視覚効果バトルも理由が理由なので少しバカバカしい。久しぶりにヴィランたちを見れて興奮もしたのだが、彼らがこのシリーズ特有のコメディーに毒されているような気もして複雑だった。

【でもありがたみ】
物語の運び方はさておき、ヴィランや歴代スパイディーたちをここまでストーリーに絡めてくれた事は有り難い。特に、ウィレム・デフォー演じるグリーンゴブリンの凄みと狂気に磨きがかかった演技が見れて嬉しかった。一気に作品が引き締まる。歴代シリーズとの地続き感のある演出やいつも以上に大量のイースターエッグから伝わる監督のオタク魂。先輩スパイディー2人が楽しそうな程、おかしな事に涙ぐんだ。そして監督の申し子、ネッドがツボ過ぎる。

【ツボを抑える決戦】
アンドリューがグウェンと同じ状況のMJを救えた事に涙しているシーンは本当に良かった。止まった時を動かしてあげるかのような演出。ちなみに彼の演技が生き生きしていて、シリーズの経緯を踏まえた彼の気持ちを想像してみると涙が出る。また、ゴブリンを殺そうとしているトムをトビーが無言で止める姿もグッとくる。トビーは復讐は間違いだとメイに教わるが、トムにはそのメイがもういない。そんな中、シリーズを超えライミ版メイの教えをトムに伝達するかのような演出に胸が熱くなる。それぞれのシリーズ楽曲が使われていたのも感動的。トムの戦い方も過去一番スパイダーマンらしい。

【ただ何より着地が秀逸】
メイが死ぬ直前に言った「大いなる力ー」は、先輩2人にとってはベンが死ぬ日に言った言葉。そんなセリフから、まさか今日がトムにとって「その日」で、ベンでは無くこのメイの死が彼の始まりなのか?とようやく気付いた。勝手に経験済みだと思っていた。思えばちょうどこの高校卒業の年あたり、自分で蒔いた種で死なせてしまう共通の運命。案の定、復讐に燃えるというデジャヴ。最後は、全員の記憶を消すという流れから物語がどこかに回帰していくような感覚をおぼえ、その後、MJを守るために距離を置く事を決断するというピーター共通の宿命が揃う。そして、ラストシーンの狭い1人部屋、無線盗聴、自作中のスーツ、窓から出て行く姿、そんな見覚えのある風景を見せられた時には、見事に弧を描いて一周した物語に涙が止まらなかった。その瞬間、『スパイダーマンは皆、贖罪のため1人で戦っている』という要素が全てトムにも備わり、初めて彼がスパイダーマンに見えた。完結作にして『1作目』かつ『プリクエル3部作』という位置付けが明らかになった素晴らしい着地。

それまで自分はトム版ピーターに物足りなさを感じていたからこそ、この結末がとてもしっくりきた。彼に足りなかったのは「大いなる責任」「贖罪」という戦う理由であり、全員で背負うトニーの死では無く、1人で背負わなければならない愛する者の死だった。多用したテクノロジーも助けてくれた仲間たちも彼の補助輪。製作陣が改めてそれを意図的な物とした事で、自分の中でホームシリーズ全体を肯定出来たような気がした。ちょっと欲を言えばラストは「この道しかなかった」という流れだったので、もし前半のワチャワチャの中にもピーターがヒーローとしての「巣立ち」を意識する真剣な姿を描いていれば、1人になるラストも更に前向きに見れたかもしれない。

【まとめ】
今作はまさしくエンドゲーム同様に『映画では無く、夢』作品。ただそれ以上に美しい結末に魅了され、安っぽい展開や口実も、このラストシーンを見せるためなら許せてしまう。これが自分が求めていた物だったから。トムも先輩たちのように、どこかで一人で戦い始めたんだなと思うと見終わった後も胸が熱くなる。シリーズとして大きく弧を描きトビー版1作目に帰る物語、最後に彼が親愛なる隣人として帰る道を見つけた物語。そんな今作はピーター目線からすると"No Way Home"では無く"On the Way Home"な作品だった。クリフハンガー続きのMCUだからこそ、この余韻が嬉しい。

何はともあれ、感動をありがとう。ただ、もしワッツ監督が続編を作るのなら、この勇敢な旅立ちの後にまた全員天然ボケは嫌です。
HicK

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