真田ピロシキ

野球少女の真田ピロシキのレビュー・感想・評価

野球少女(2019年製作の映画)
4.6
『梨泰院クラス』でトランスジェンダーのコック ヒョニさんを演じたイ・ジュヨンが初の女性プロ野球選手を目指す物語。日本と並んで男女格差が激しい事で知られる韓国の映画であるのでそこは当然性差別が大きなテーマであるが、本作はジェンダーだけ語るに留まらない。と言うのもインタビューによると本作のチェ・ユンテ監督には言語障害があって学力も高くなく映画監督には向いていないと言われていたらしい事がより本作に響く人を増やしていると思う。

主人公スインは20年振りに高校野球でプレイする女子選手として活躍して高い知名度があるのだが、いざドラフトとなるとリトルリーグの時から一緒にプレイしてきたチームメイトのジョンホが指名されるのにスインはダメで厳しい現実に阻まれている。そしてこの現実は新任のコーチであるジンテに「プロになれないのは女だからじゃなくて力が足りてないからだ」とハッキリ証明されてしまう。女性にしては速い130キロ台のストレートを投げられても男女の区別がないプロ野球の世界では意味を為さない。それでもスインは球速を上げようと文字通り血の滲む努力を続けるが、スインの夢に協力的になったジンテは高いボールの回転数を活かしたナックルボールの習得に誘導する。短所を伸ばそうとするのではなく長所を活かせと。これが障害者など各々の特性を人の協力で見出す現代の多様性を重んじる社会の方向性に重なる。

また周囲の人は母親含めてスインのプロ志望を無謀な挑戦と思っているので、例えば学校ではアマチュアの女子野球やハンドボールへの転身など現実的な妥協案を示すのだが、そもそも女子が高校野球をする事すら無理だと決めつけられていたガラスの天井を打ち破るスインは応じず何が出来るのかあくまで自分で決める姿はカッコいい。トライアウトの結果、最初は後に続く女性選手へのシンボルとしてチームのフロントを提案されて正直良い話じゃないかと思ったのだが、「女性である事は短所ではありません」と断り選手の道に拘るのを見るとまだまだこのスインという人を見誤っていたし、自分の中の狭い現実感覚を突きつけられて恥ずかしい。短所を認識する事と妥協する事は全然違ってたし、何が長所で短所なのかも決めるのは自分自身でなければならないのだ。

そして本作には男女共同参画の視点があって、男性監督だからかもしれないが登場する男性は大体がまともでスインの夢に協力的なジンテやジョンホは勿論のこと、現実的な妥協案を提示していた高校の監督ですら回転数の速さをジンテに伝えていたりしている。トライアウトではスインの他にもう一人アメリカのアマチュアでプレイしていた女子選手がいて同性の親近感からかエールを送るのだが、次第に男性も掛け声を挙げ始める。最初はなんだかなあという気持ちになったが、考えてみるとこれこそ男女の壁がなくなった瞬間であるし、この熱狂の中でプロの一流選手を打ち取るのは如何にもスポ根のツボが抑えられていて盛り上がる。ジャンル映画としても楽しませてくれる瞬間を持っている。

もう一つのジャンルは家族映画としてで、スインの父が宅地建物取引士の試験に何度落ちても諦めきれず受け続けていてそのために夢を追うスインの良き理解者となっている。しかしそのために母が家計を一手に背負ってて、夫のダメさを見てる為にスインにも厳しいのだが、演出的には理解のない親として悪く映る点はちょっと宜しくない。それでこれはパンフレットの受け売りだけれど、韓国での部活動はその道に進むためのエリート養成コースみたいなものでまず絶対数が少なく、劇中のスインのようにほとんど勉強も出来ないのでプロになれなかったら将来が相当厳しくなる真剣なものらしい。その事を踏まえると就職先まで斡旋してた母の心配を狭量さに取れるかのようにしているのは映画の瑕かなあ。

とは言え社会的でありながら大変エンターテインメントもしている良い映画でした。どちらかと言うとミニシアターでかかりそうな映画ですが、シネコンでやってるのは梨泰院効果かもしれません。イ・ジュヨンの演技は『梨泰院クラス』を見ていた人ならヒョニさん再来と思えて、野球シーンは猛トレーニングを積んで全部自分で演じてリアリティを増しており頭が下がる。