りっく

すばらしき世界のりっくのレビュー・感想・評価

すばらしき世界(2021年製作の映画)
4.3
ある一人の男の出所後の人生を描いた本作は、「無縁社会」と呼ばれる現代日本においてファンタジーなのかもしれない。彼の周囲にいる人間は、誰もが彼を見放し切り捨てることなく、それぞれの立場上から親身になって手助けしてくれる。そんな彼らに後押しされる形で社会に復帰していく様をあえて理想化された物語として語っていく。

だが、西川美和はそれを毒っ気のないハートウォーミングな物語に仕上げるわけがない。序盤こそヤクザ者である九州男児の真っ直ぐすぎる愚直さを時に滑稽に描いてみせる一方で、そんな茶化した奴らの胸ぐらを掴んでぶん殴るまいとする役所広司の凄みに圧倒される。だからこそ、周囲の人々の顔に泥を塗るまいとする侠気と、醜く理不尽な世間との狭間で葛藤する瞬間湯沸かし器のような男の一挙手一投足に緊張感が走り続ける。

その緊張感がピークに達する、新たな職場でのシーンが素晴らしい。自分の中の倫理観や価値観に蓋をし、目の前の出来事をやり過ごすことが、社会に復帰し、この世界で生きていくということなのか。だったら、こんな世界なんて自分からゴメンだぜ。これから新たな人生を歩んでいく喜びがありつつ、果たしてそれに値する世界や社会なのかを、この男の生き様が痛烈に突きつけ、残された人間はそんな世界で心を宙ぶらりんにされる。その余韻は映画館から出たあとも、現代日本を生きるすべての人々の心に引っかかって離れない。
りっく

りっく