真田ピロシキ

由宇子の天秤の真田ピロシキのネタバレレビュー・内容・結末

由宇子の天秤(2020年製作の映画)
3.8

このレビューはネタバレを含みます

イジメ自殺に関するドキュメンタリーで局は学校が悪者という単純な図式で絵を描いているがフリーのディレクターである由宇子(瀧内公美)は死んだ子と関係を持ってたと言われた教師 矢野の立場にも立ってマスコミ批判も辞さない気でいる。報道部を刺激したくない局には全く別の発言を繋げて編集されようとしているが、対して由宇子は「間違いを認められないと」と引かない正しさを持っている。しかしそんな中、由宇子も講師を勤める父(光石研)が経営する学習塾で生徒の萌(河合優実)が父と関係を持ち妊娠した事を知らされる。それで由宇子はガスが止められるほどに貧しい父子家庭である萌の世話を焼き家まで行って勉強も見るのだが、その裏では知り合いの医者に手術を必要としない違法薬物での墮胎を相談するなど手段を選ぼうとしない。この描写を「正しい事を言ってる人間でも自分事では保身に走らざるを得ない」と冷笑的に言うだけだったら2時間半もかける内容じゃないと思ったが、そこは社会的なドキュメンタリー製作者を主人公にした厚みがある。

矢野の家族は本人には何の咎もないのに社会的制裁を受けていて母親は何度も引っ越して人目を怯えて暮らし、姉は離婚してその娘も学校でそれとなく言われている。そうした姿を目の当たりにしている由宇子は倫理はもちろん法の上にも立っている世間様の暴力性を知り尽くしてて、父が萌の父に打ち明けると言っても万が一示談で済まなかった場合には他の生徒や自分の番組とスタッフ等に迷惑が降りかかると言う。エゴなのは間違いないがこうした行動を取らされる日本社会の空気という存在の重さを切り取る。しかもマスコミへの抗議を込めた矢野の遺書は真実が明るみになって糾弾されるのを恐れた姉が捏造したものである事を白状されて、死んだ生徒の父親は矢野側に同情的になっていた矢先なのに局の筋書きに逆らって求めた真実は誰の救いにもならない。同じタイミングで男子生徒から萌が体を売っていた事を聞かされ違った可能性が浮かび上がり、その可能性に思わず飛びつきたがった由宇子に取って真実とは意味のある言葉だっただろうか?そして最後に飛び出して事故にあった萌の父には打ち明けるのだが、これは完全にドキュメンタリーが駄目になり失うものがなくなったから言えたと見えて贖罪ではないのだと思う。贖罪として描いているのなら首を絞められて無様にヨタヨタと歩かせはしないと思ったので、最早ドキュメンタリー製作者としての立ち位置すら揺らいだ由宇子の前途を感じさせられた。この後の由宇子がどんな生き方を選ぶのか見たい。

役者は『サマーフィルムにのって』のビート板 河合優実が目当てでサマーフィルムの優等生から今回は落第生寄りのキャラクターだが儚そうな雰囲気は健在。この家庭は餓死まではしないが上向きになる機会が決して来そうにない日本的貧困が描かれていて、せめてまともな大学に行って抜け出したいが塾の月謝が払えてなくてその事が妊娠した原因に思われるのでメインではなくとも無視できない要素。そんな元凶である親父の光石は40歳も歳下に手を出したのがどこか自分事ではなさそうな自覚のないダメさがそれらしくて好演。一番は主役の瀧内公美でこの人の出演作を初めて見たのだが正しさと汚さのブレが真実味を感じられて他の出演作を見たいと思った。