鰯

ミッドナイト・ファミリーの鰯のレビュー・感想・評価

ミッドナイト・ファミリー(2019年製作の映画)
4.0
ストイックなドキュメンタリー。解説や説明、まともなインタビューはほとんどなく、彼らの眼前で起こる出来事と彼らの表情が、サイレンの音の中で映し出される。当事者の目線に限りなく近い距離で撮影されており、否が応でもその日常に入り込むことになる。

<HPより概要>
メキシコ・シティでは、人口900万人に対し、行政が運営する救急車は45台にも満たない。そのため、専門訓練もほとんどなく、認可も得ていない営利目的の救急隊という闇ビジネスが生まれている。オチョア家族もその一つだ。 同業者と競い合って、緊急患者を搬送する毎日。この熾烈なビジネスで日銭を稼ごうと奮闘するオチョア家だが、現実はそう甘くない。腐敗した警察による取り締まりが、さらに家族を窮地へと追いやっていく。
「ミッドナイト・ファミリー」は、倫理的に疑問視されるオチョア家の稼業を、人間味あふれる視点で捉えつつ、メキシコの医療事情、行政機能の停滞、自己責任の複雑さといった差し迫った課題を私たちに突きつける。

何となくの概要だけ見て、てっきり患者を運ぶだけかと思ってました。それが、はじめに出てくる患者の搬送にて軽い治療行為なで始めて、『そんなことできるの、して良いの?』となりました。ここで一気に緊張感が高まります。
見ていて思ったのは、とりあえず生活が成り立つような仕事ではないということ。他の選択肢がないのかもしれないけれど、収入は患者や家族が料金を支払ってくれるか次第で、限りなく奉仕に近い。お金がなかったり、家族が感情的になってしまって、支払いの話に取り合ってくれなかったり。オチョア家も、結局のところ合法な行為ではないから、強くは出られない。すごすご引き下がるしかない。丸一日まともな食事も取れず、3日間収入がないなんてことも。
また、警察との関係では賄賂が日常茶飯事の出来事になっている。これには見事にイライラさせられました。何かと理由をつけて患者の搬送を止めたりと、この映画では敵役ともいえる立ち位置。

不謹慎と言われようが盛り上がってしまうのは、救急無線が入り、現場まで他の民間救急と繰り広げられるカーチェイス。生活がかかっているという切迫感も乗っかり、思わず身を乗り出してしまう。手に汗握るとはまさにこのこと。

主人公に当たる兄ホアンはしっかり者で大黒柱。判断が鈍い父を叱咤し、弟にはしっかり勉強しろと諭す。それでいて一緒に縄跳びしたり、ほっこりする一面も。給料が入れば取り分を決め、外食をした際も「全部盛り」をテークアウト(多分姉?妹?の分)。

HPの監督インタビューにもあるとおり、一貫しているのは善悪と言った価値観に基づく描写でなく、そこにある生活を映し続けているということ。患者の命がかかっていても、オチョア家にとってはとにかく生活に直結する問題だということ。ラストの搬送からの一連の流れは見る側の倫理観を試すような展開になっていくが、これも一家の生活の一部分だということを忘れてはいけないなと思う。
鰯