ninjiro

鬼火のninjiroのレビュー・感想・評価

鬼火(1963年製作の映画)
4.0
大人になるのは、難しい。


七月二十三日までの四十八時間の間に、
私は、一体何を見るだろう。

アラン・ルロワ。

彼はかつてパリの社交界で名を馳せた男。
闊達に語り、動き、輝き、愛し、愛された。

一夜の夢が覚めると、彼は魅惑の時代が終わった虚無に囚われる。

私たちは彼の事を知らない。
しかし、暫しこの物語に付き合えば見えてくる。
私達が喪ってしまったもの、
これから喪うであろうもの。

喧騒の時代は終わり、残るのは不毛の凍土。
愛は指の隙間から零れ落ち、
金は何も為してはくれない。
心は求めるものを求めない。

享楽の時代、アルコールに身を任せた彼は、
その虜になっていた。
治療のため、三十歳からの三年間を心療内科で過ごし、
今では完治したという。
しかし、彼の心の中の虚無は癒されない。
今も昔も、アルコールは彼を救うことは無い。

人は云う、彼の昔は輝いていたと。
今目前の彼はその時代の亡霊だと。

それは違う。
彼にとって真に肥沃な時期など一度も無かった。

青春の幻影という甘い果実酒の中で
多くの人はそこを通過するだけだ。
人生が最も輝く時期、
彼はそれが凡庸だったと認められない。
充分に大人になった今も、
心に虚無を抱きながら、まだ違う憧れを追う。

冷たい魂の彷徨。

人は生きる中で別れ続ける。
日々の起伏の中で、享楽の時代への郷愁を抱きながら。
ならば、別れる事を止めよう。
いっそこのまま時を止めよう。

エンドロールから始まる映画。
映画の終わりに残るのは虚無。
初めから約束された、虚無だ。


14歳の時に出逢ったこの映画。
観る度に私の心の中の印象を塗り替える。
人生に答えは無い。
その始まりから終わりまで。
今回が何度目かの鑑賞。
自分の誕生日が近づく度に、毎年ではないが思い出すように手に取る。
私もアランの歳を越えて、
最早、彼の最良の理解者にはなり得ない自分に、
少なからぬ虚無を感じた。
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