「鬼火」に投稿された感想・評価

Blu-ray
死ぬ死ぬ詐欺ではなく、本当に主人公が死ぬんです。そりゃ明日死ぬわけですから、ハードディスク内の汚れた中身を消去したり、七つの大罪を完成させたり、大忙しです。
シングルマンより
サティの「ジムノペディ」「グノシエンヌ」が極上。ルイ・マルの音楽選曲センスたるや、全画面ベストショットのような美しい映像と、この映画のために作られたのではと思い込んでしまいそうになるほどの抜群な融合を見せている美しい音楽の奇跡のような化学反応。

「伝説のアラン」と呼ばれた男はアルコール依存性の療養施設で7月23日という文字を毎日見ながら穏やかに過ごし、ある決意を胸に旧友たちの元を訪れるためパリの街を歩いていく。

フランスの時代性や「映画監督にならなかったオレ!」なルイ・マル自身の投影など、テーマに私的な印象がありつつもいつの世にもある普遍的な人生の岐路を描いたものだと思う。行動を起こすかは別として、大なり小なり誰もが大人になりゆく刹那に頭をよぎらせる倦怠的な人生への憂い。

「人生とは何か、生きるとは何か」という他人には理解できない非常にパーソナルな部分をつくものであるのに、感情移入どころかキャラクターの側にも寄せず、これ以上近づいてしまうと単なるキャラクターのドラマになってしまうと言わんばかりにドライで冷徹なまでの切り口で描き出している。
この距離感がルイ・マルのセンスと言うのか、絶対に交わることのない空間が観客の内面へと語りかけ、無意識のうちに映画であるという垣根が失われ、自分の中に映画と同調する部分が静かに浮かび上がる。

ブレッソンの「たぶん悪魔が」とはまた違ったアプローチで想起させる「人生とは」の哲学。中盤冗長的な面はあるがモーリス・ロネの比類なき退廃的な魅力と極上の音楽、そしてお手本のように美しい映像の洪水に酔い、飽きることはない。
好みは賛否ありそうだが個人的にはベスト級の傑作!
孤独と虚無にとり憑かれた人間にとって人生に希望を見出した人間や活気に満ちた街並みは屈辱的でしかない。傍から見れば独りよがりで可哀想だとしても人生なんて所詮は自分視点。悲しいほどにそれが全て。自分の末路を見てる気分で胸が痛かった
アル中の主人公アランが自殺を決意して自殺をするまでの2日間を描く。
今まで観てきた映画の中でもっとも憂鬱な映画かもしれません。
なので楽しい映画を観たい方にはお薦めしません。
逆に落ち込んでる時には寄り添ってくれる感じがして良いかもしれません
あなたは寂しいと何をするかわからない。


僕はパリが怖い
人生に戻る気がしない。


ずっと待ってる、
何かがやってくることを。


なんとなくではなく永遠に消えない不安です。


僕の意志が病気。


戦争に行って、人に命令したことがある。


アラン、人生は楽しいよ。
どこがですか?


人生は僕の中であまり速く過ぎていかない。
速度を速めよう。


ニューヨークは麻薬。


体も心もすっかり不毛。


青春は約束であり、幻影でもある
僕は嘘つきだった。


僕は何にも触れずに死んでいく。


生きることは屈辱だ。


僕の周囲を不動にしたい。


僕は愛されたかった。
僕が愛したように。


ゴダールの気狂いピエロを見た時と似た感覚に陥った。
映像は断片的で、セリフの意味は取りづらい。
それでも、美しいと感じさせてくれるし、醜いとも感じさせてくれる。心に響くものがある。


この映画を見ていて感じるのは、漠然とした不安だ。
自分が生きている世界が、とてつもなく空虚なものに見えてくる。
くだらないものに見えてくる。
女、金、酒。
刺激を求めて、私たちは生きている。
その先には、何があるのかわからない。
このままダラダラ生きていて、いいのか。
という気持ちになる。


こういう漠然とした、不満や不安がこの映画の主人公の苦悩そのものなのだろう。
社会の流れに取り残されれば、私たちもアランのようになる可能性が十分ある。
なぜなら、アランの感じている苦悩は、人間が生きて死ぬまでに誰もが感じる普遍的な苦悩だからだ。


その苦悩を見つめることでしか、苦悩から逃れることはできないのだろう。
決して、アランのように自分を苦悩に満たしてしまうのではなく。
決して、アランの友人たちのように、苦悩を見て見ぬふりをするのでもなく。
苦悩から距離を置いて、俯瞰するような姿勢が大事なのだと思う。


楽しい映画ではないけれど、頭の中がぐちゃぐちゃになる映画は定期的に見なければダメだと思う。
映画を鏡のように使って、自分の心を見る。
映画をそんな風に使っていければいい。
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