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バビロンのTSのレビュー・感想・評価

バビロン(2021年製作の映画)
3.9
【黄金期ハリウッドの傲慢と苦悩】82点
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監督:デイミアン・チャゼル
製作国:アメリカ
ジャンル:ドラマ
収録時間:188分
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 2023年劇場鑑賞4本目。
 あれ程、アカデミー賞最有力と言われていたにも関わらず、作品賞のノミネートどころかその他の賞ノミネートにも軒並み入っていないことが唖然となります。日本の宣伝文句はあてにならないとして、この作風でノミネートすらほとんど取らせないということは、いよいよオスカーの上層部も、アカデミーウケの良さそうな「古き良きハリウッドを描く作品」に何でもかんでも賞を与えるのは危険と捉えたのでしょうか。個人的にはかなり楽しめましたし、ノミネートされていても何ら問題ないと思いました。今作は、1920年代のハリウッド事情や、日頃からサイレント映画に親しみを持っている人には特に楽しめる仕上がりとなっています。逆に言うと、そのあたりをほとんど知らない人がみたら、単純に勉強になったというか、なかなか狂っているのでドン引きしてしまうかのどちらかと思います。

 1920年代の黄金期ハリウッド。映画産業で働くことを夢見たメキシコ出身のマニーは、キノスコープの重役の邸宅で行われるパーティーに出席した。そこには当時の大スター、ジャック・コンラッドや、女優志望のネリーがいたのだが。。

 まず、バビロンというタイトルから。これは言わずもがなメソポタミア地方で栄えたバビロニア王国の都市でもあるのですが、一方で旧約聖書の「バベルの塔」の舞台でもあります。なるほど、どうやら今から半世紀前に『バビロン』というタイトルの書籍があり、その内容は黄金期のハリウッドがバベルの塔のようないわゆる聖域に足を踏み入れて、そこで混沌な状態となってしまうというものであるといいます。確かに、ハリウッドの黄金期の様子を描いた作品なのに、なぜタイトルがバビロン?と思っていたのですが下調べをして納得しました。
 今回目立った役柄となるジャックとネリーも実在した俳優がモデルとなっているようで、前者がジョン・ギルバート、後者がクララ・ボウとされています。特にクララ・ボウは、世界初のアカデミー賞作品賞である『つばさ』に出演していたことでも有名です。自分はこれよりさらに前の1890-1910年代のサイレント映画を好んでたまに観ているので、若干時代のズレがあるのですが、不思議と今作には懐かしい香りが漂っており、好んで鑑賞することが出来ました。

 今作を監督するのは『セッション』と『ララランド』で一躍有名となったデイミアン・チャゼル。彼は史上最年少でアカデミー賞監督賞を受賞しましたが、奇しくも作品賞は逃しました。(あの世紀の作品賞発表ミスは忘れられません。) 恐らくチャゼル監督も作品賞が欲しいのか、アカデミー会員にウケが良さそうな、ある意味無難な映画を持ってきました。それが今回裏面に出てしまって、なぜ悉くノミネートすら外したのか、アカデミー会員のお偉いさんに聞いてみたいところですが、やはりあざとさが目立ってしまったのではないでしょうか。

 ただ、一般的な鑑賞者の目線で見れば、188分と言う長い尺を除けば、非常に面白いですし、何よりチャゼル監督お得意の音楽、特にジャズ・ミュージックは相変わらずの完成度ですから満足度も高い。冒頭の狂乱パーティーのシーン(ここがあるからR15)も、やり過ぎず、しっかり躍動感のある音楽と合わせて鑑賞者を楽しませてくれます。この主題曲となっている音楽は大変気に入りました。しかも、終始擦り込ませるように流していくので嫌でも覚えてしまいました。間違いなく大作であり、一見の価値はあると言えます。

 また、内容的に良いなと思わされたのが、サイレントからトーキーに移り変わる時代の苦労を描いてくれたこと。これは『雨に唄えば』などでも表されていますが、我々初心者からしたら、音声の録音なんてそんな難しくないでしょ。と思ってしまいます。しかし、そんなことは全くなく、少しの敏感な音でも入ればカットとなってしまいます。中盤のネリーの撮り直し祭りには笑わされてしまいました。そして、トーキーになると、美声が好まれたり、圧倒的な長い台詞を覚えたりいけないだの、今までサイレント映画に君臨していた大物たちがそのような理由から淘汰されていくのです。ハリウッドの黄金期を描いているものの、そういった俳優たちの苦悩を描いているのも良いところであります。そして、世界初のトーキー映画といわれる『ジャズ・シンガー』が劇場で流された時の鑑賞者の熱狂ぶりには感動させられましまね。

 主演はブラピとマーゴット・ロビーでありますが、主人公はディエゴ・カルバ演じるマニーと言えそうです。そんな彼の目線からみた黄金期のハリウッド。だからこそ、ラストの畳みかけには感動させられます。やはりこの監督は『ララランド』といい『セッション』といいラストの畳みかけが非常にうまい。ラストのシーンを楽しむためには(ほんの一瞬ではあるのですが) 1910-20年代の有名なサイレント映画を観ておくことをオススメします。思うところもありましたが、終わりよければ全て良し。傑作とまではいきませんが、十分楽しめた作品となりました。
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