どうか、どうかこの作品にアカデミー賞をとってほしい。
アジア系、それも韓国系移民について丁寧に描いた作品も、「透明化されたおばあちゃん問題」を真正面から描いた作品も本作ほどの出来のものは映画史上で観たことがない。この時代、この年だからこそ受賞すべき、本当に大きな意義のある映画です。
エンドロールの"to all grandmas"でボロボロに泣いた。あそこ、わざわざ日本語テロップを入れてくれて本当にありがとう。日本でもついこの前、SNSで「僕たちにはオバチャンが必要」という主張が炎上していたけど、同意味にあたるデヴィッドの「グランマらしくない、グランマはクッキー焼いて料理して、悪口を言わないよ」というセリフは、「記号化されたグランマ」の象徴で、本作の主題のひとつは、それに対するアンチテーゼだ。この映画は透明化されてしまっていたグランマを「生きている人間」として、主題として、丁寧に描いた初めての作品だと思う。ハルモニの行動が迷惑をかけるところでイライラしてしまうかもだけど、よく考えて欲しい。「のび太の結婚」に出てくるような都合のいい感動装置としてだけの「おばあちゃん」がいかに幻想で、不自然か。介護の経験がある方なら分かると思うが、実際は老いれば人はできないことが増え、迷惑をかけて、何度ももう死んでしまいたいと思うのだ。それでも若い男と同じように、もがき、失敗し、ときにはうっかり上手く行ったりしながら必死で生きているのだ。老人を神聖視することも、「老害」と呼んで排除しようとすることも、いずれ私たちが進んでいく未来に向けて拳を振るっているようで辛かった。監督、アジアの移民の老女という、最も透明化された存在を、描き出してくれてありがとう。これは本当に、昔の、今の、そしてこれからの、「すべてのグランマ」に向けた物語です。
ちなみに、移民という主題について言及すると、これまでよく映画で使われがちなプロットをなぞって、外来種のミナリが移民のメタファーとして厄介者になってしまうのではないかとハラハラしていたが、そんな使い方しなかったし、「アジアの老女は汚い臭い怖い」みたいな偏見を、丁寧に丁寧に分解している。直近のアジア人のマッサージ店襲撃や、対アジアヘイトを受けて、「アジア人としての私」という自覚が急速に育ち戸惑っている私に、本作は大きな愛と勇気をくれた。
追記:お姉ちゃんの描写が少ないのは私も気になったのですが、本作は監督の実体験がベースになってるので、女系より男系が尊重される韓国家庭のあり方がリアルに出ていたんだと思います。その辺、パラサイトは上手に描き出してたし、やはり映画は語り手(監督)の属性に視点が大きく依存するので、もっと女性監督の作品をガンガン評価すべき、という批判は正しいと実感します。