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ファーザーのkaitoのレビュー・感想・評価

ファーザー(2020年製作の映画)
4.0
『ファーザー』

映画の感想に入る前に日本版予告に違和感を覚えた。ほんとに視聴者を馬鹿にしているのか、それとも映画の本質というか色というものを掴みきれてないところが今回の予告編を作ったんだろうな。ミスリードが多すぎる。予告編では感動モノのように謳われているが、それはあまり本質的なものではないように感じる。焦点が当てられているのはまさに「認知症」である。

総括的評価から言えば、ほんとに凄まじい映画で没入感のある映画だった。見せ方が非常にうまく、その構成力から本作で描かれているもの全てが他人事ではないように感じられた。

演技はみな非常にうまかった。本年度のアカデミー賞主演男優賞を受賞したアンソニー・ホプキンス、久々に痺れるような演技だった。戸惑った様子、それを誤魔化そうとする演技、瞬間的に子供に戻ったかのような演技、そのどれもに魅了される。アン役を務めたオリヴィア・コールマンも非常に良かった。父のことを心配はしてるんだけど、心のどこかで痺れを切らしている様子がじわじわと伝わってくる。素晴らしいキャステイング、演技のおかげで映画をより現実味あふれるものにしていたと思う。

本作で最も興味深いと思われるのはおそらく脚本(物語構成・見せ方)である。「認知症」の実態を第三者視点から描くのではなく、アンソニー・ホプキンス視点で主観的に描かれている。第三者視点ではなく、主観的であるからこそ「おかしいな」とか抱いた違和感自体が否定されて、恐怖を覚える。没頭できる、うまく引き込まれる構成であったように感じ、何が本物で何が偽物か分からなくなっていく。その体験こそがこの映画のミソである。にもかかわらずこの映画の配給を任され、予告を作ったところは商業的に目が眩んだのか映画を観てないのか、感動ものと捉えたようだ。

そんな安い映画じゃないってことを強調しておきたい。

挿入された音楽は少なく、この点は現実味があっていい。カメラワークなどで視覚的に面白いところは個人的にはなかったが、脚本の時点で興味深さは深まる一方なのでそこまで重要ではないと思う。シンプルに素晴らしい映画だったし、貴重な映画体験だった。
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