まるで新手のスリラー映画のようだった。
率直に言ってしまえば、認知症を患う父親と、その父を支える娘の物語という、決して珍しい内容では無いのだが、
本作の最大の特徴として、その認知症を患う父親の“主観”で物語が展開されるのである。
認知症患者から見える世界はどういう世界なのかを、観客に体験させるような斬新な演出が為されているのだ。
次から次へと不可解な出来事が起こり、現実と妄想の判別が付かなくなり、観客はまるで迷路に迷い込んだような感覚に陥る。
エンドロールが終わった後でも、私の頭はまるで夢心地のような状態であった。
それだけ本作にトリップしてしまっていたのだ。
バラバラのパズルのピースが散らばる様な展開は、C・ノーラン監督の「メメント」のようであり、
困惑の渦に巻き込まれていく様な感覚は、村上春樹作品のミステリーに近いように思えた。
脚本、美術、演出によってシナリオを実に巧妙に組み立てられている見事な工夫。
アカデミー賞では、脚色賞に輝いたのは大いに頷ける。
何より監督は、これが長編デビュー作というのだから恐れいるというものだ。
同じくアカデミー賞では、見事、アンソニー・ホプキンスが主演男優賞に輝いた。
これほどの難役を、しかもほぼ全編を一人芝居で演じきった珠玉の演技には、ただただ脱帽としか言いようがない。
ときに、本年度のアカデミー賞の最有力候補は、「ノマドランド」か「ミナリ」と評されていた。
結果的に「ノマドランド」に軍配が上がったが、私は寧ろ仮に本作「ファーザー」が作品賞だったとしても異論は無かった。
認知症という身近な恐ろしい病、親娘の物語、そして何より“老い”という生きとし生けるものには避けられない宿命。
様々なテーマを内包し、かつ斬新な手法で描き切った本作は、まさに傑作と称さざるを得ない。
この手の映画にしては珍しく、本編がたった97分という短さにも驚きだ。
ストーリー 3
演出 4
音楽 4
印象 3
独創性 4
関心度 3
総合 3.5