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Laila aur satt geet(原題)のKnightsofOdessaのレビュー・感想・評価

Laila aur satt geet(原題)(2020年製作の映画)
4.0
[七つの歌で刻まれた伝統と自由への渇望] 80点

14世紀カシミールの神秘主義者で詩人の女性ラレシュワリ(Lalleshwari)の詩、及び Vijaydan Detha の小説にインスパイアされて制作されたプシュペンドラ・シンの長編四作目である本作品は、"女羊飼いと七つの歌"という題名が示す通り、カシミール地域に暮らす遊牧民の女性の物語は伝統的な音楽や詩によって彩られている。七つの歌によって物語が橋渡しされていく様はグラウベル・ローシャ『黒い神と白い悪魔』にも近い構成だが、基本的にフィックス長回しで自然の中にいる人物を捉える本作品は、コーラスのみの歌と相まって、その静けさが心地よい。Ranabir Das によるフォークロア的な世界観はデチェン・ロデル『蜜をあたえる女』の神話的な世界観に近い。しかし、物語そのものは苛烈を極めている。望まぬ結婚によって新たな部族の仲間入りを果たしたライラは、臆病で自己中心的な夫や横暴な警察官によって消費され続けるのだ。

舞台となるのは、最近インド政府によって自治権を取り消されたカシミール地域であり、パキスタンとインドの山間地帯を移動する遊牧民の部族が中心となる。彼らは国境を何度も超える必要性から、地元の強権的な警察組織に仕方なく服従する道を選んでいる。伝統的な儀式に則って勝手に結婚を決められた主人公ライラは、その美しさと芯の強さから部族の中で目立ってしまい、彼女を手に入れようと躍起になる警察官のムシュタクから追い回される。夫タンヴィルは彼女がムシュタクを殴ったことを逆に責め、反抗することについて理解者が誰も居ないことを暗に示してしまう。彼女は夜中にムシュタクを様々な場所に呼び出し、"音がするから泥棒かもしれない"と夫タンヴィルをそこへ向かわせることで、意図的に惨めな状況を作り出す。それは横柄な権力に対する最も合理的で無駄のない仕返しなのだ。
それと同時に、どこかムシュタクに惹かれていることにも気付き始めている。監督本人によるとそれは"カシミール人が陥っているストックホルム症候群"のような状態を指しているらしい。

ほとんど登場しない村のその他の人々を含めて、全ての人間がライラの外見的な美しさのみを称賛し、彼女の内面に触れようとしていたのはカメラ以外誰一人いなかった。彼女は蛇の抜け殻に出会い、自由への足かせとなった旧世代の伝統への苦々しい思いを募らせていく。タンヴィルと暮らし続けるか、ムシュタクに屈するかという最悪の二択しか与えてこなかった映画は、ここにきてそこからの脱出を幻想的に捉える。それは逆にその二択しか残されていないことの裏返しでもあるのだが、ライラは、そして彼女が背負うカシミールは、現状ありえない自由への選択肢を渇望しているのだろうと、私は思った。

※追記
登場した七つの歌はそれぞれ、
Song of Marriage
Song of Migration
Song of Regret
Song of Playfulness
Song of Attraction
Song of Realization
Song of Renunciation
という名前が付いており、対応する場面で流れる。
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