蟻子

空白の蟻子のレビュー・感想・評価

空白(2021年製作の映画)
4.0
真面目に向き合ってちゃんと話をすれば、分かってもらえる。世界はそんなに悪いもんじゃない。

---

松坂桃李演じるスーパーアオヤギの店長の、おばあちゃんがそんなようなことを彼に諭します。
絶望の淵でそんな綺麗事を言われても、そんなことない、自分には何一ついい事も起こらなければ助けてくれる人もいないしこの世界には苦しいことしかない、今すぐ投げ出して消えてしまいたいって、思うよね。

でも最後には少し希望が見えそうで、良かった。



登場人物全員がちょっとずつ正しくて、でも皆んなちょっとずつ間違ってるって印象。

話を聞かせてくれと言いつつ絶対に娘の過失を認めない父親と、投げやりで何を言われてもハァとしか答えない店長と、正しいを押し付ける女と、勝手なシナリオを演出して報道するマスゴミと…。誰もが真摯に向き合えないまま、なってほしくない方向に転がっていくので、見ていてモヤモヤが止まりません。

登場人物全員の人間性がすごくリアルで。たしかにその立場ならそう考えるよなとか、こーゆー人いるよな、とか。
見応えがあります。見終わった人と何時間でも話せそう。




時間がかからないと解決できない問題もある。誰かが死ぬくらいのきっかけがないと変われない人もいる。

そんな中でも新しく生まれる命があり、なんだかんだ見捨てないで側にいてくれる人がいて、小さなことだけど自分の行動が誰かに届いて、知らないうちにどこかで見ててくれる人がいる。
やっぱり、この世界はそんなに捨てたもんじゃないのかもしれない。
最後にはちゃんとそう思える映画でした。



一つ気になったのは、事故の現場検証とかトラック運転手の過失の追及とか、そういう警察がらみの部分は完全にカットされている点…こちらの想像で合ってますよってことかな?全然出てこなかったのはきっと過失が認められて実刑判決でも受けたってことよね。内容を絞りたかったのかな。仕方ないか。


古田新太は最近関ジャムでしか見かけなくて派手なキャップ被った音楽好きおじさんって感じだったので、すごく良かったな〜。憎たらしかったし怖かったです。これが親父はキツいわ、本当。

この前『ミステリと言う勿れ』でも家族を亡くした父親に対して「復讐、楽しそうだったね?」みたいな話があってハッとなったので、今回も娘の死を受け入れられずに色々なものに敵意を向けている父親を見てそれを思い出した。

でも時間はかかったけど、ちゃんと謝罪できるようになったり本音を言えるようになったり、あの歳の頑ななオッサンに内面の変化が起きるって凄いことだと思う。なんというか、いいもん見た。
そしてまんまと…というか、最後のイルカの絵がめちゃくちゃ心にじーんと、そしてグサっときた。家族が幸せだった頃に一緒に見たんだろうなと予感させる、3匹のイルカの形の雲。穏やかな海にぽつんと浮かぶ漁船。
きっと花音ちゃんは現状を嘆いて不幸な気持ちの時に死んでしまったと思うけど、幸せな時もあったんだなとか、父親と会話したりお互いを理解するきっかけはいくらでもあったよね。どうしてそれを生きてるうちに出来なかったのか…という永遠の後悔…。

「みんなどうやって折り合いつけてるんだろうな」と、弱音を吐いていた。
さすがに娘を亡くしたことは無いけど、その気持ちはわかる。悩みや問題にぶつかった時、うまく処理できない程のストレスを感じた時、みんなどうしてるんだろうって思う。


短いですが、この辺で。
蟻子

蟻子