しの

ヤクザと家族 The Familyのしののネタバレレビュー・内容・結末

ヤクザと家族 The Family(2021年製作の映画)
4.8

このレビューはネタバレを含みます


父親の葬儀に通常の喪服と相反する白色で身を包みやってくる姿は異質であり、そこに気軽に話しかける刑事は古くからの仲で親しい印象だったが良く考えれば葬儀の場で父親と同じ容疑で検査をさせるという行為は親しいというよりはこの親子を一括りに犯罪者とし、下に見ていた行動にも思える。

【お金について】
山本の始めの行動。麻薬の密売自体に反応したのか。結果としてはお金は手元に残り麻薬は海に散ったが気持ちを射止めたのは海に散った麻薬であった。

出所後、細野と食事を終えた山本は飲食代を払おうとしたが「もう関わりたくない」と細野は強引に支払い去っていく。ここでも手元にお金は残ったが細野の心は遠ざかっていく。

ゆかに渡った300万。山本が出所してから数日経ち、ヤクザがお金や生活に困る事を知ってなおゆかに返そうとするもののゆかは受け取らずに帰ってしまう。

わずかながらだがお小遣いを渡していた翼は最後まで山本を受け入れ、山本がゆかの家を出た後に来た場所もここだった。

ヤクザが生きにくくなり、お金が鬼門になる。
中村は親父がやらないと言っていた麻薬に手を出し「そこまでおちぶれちゃいねぇ」と自ら放った言葉で自身を位づけてまで手にしたもの。
真面目なゆかが大学に行くために夜に働き得たもの。
山本は親父の入院費の際も1万徴収の所多く払っている。向こう見ず、認識が甘いといえばそれまでだがお金を手にすることにより本当に欲しいものが手に入るという経験がないからなのでは無いかと考えてしまった。

【演出について】
まず、20年もの期間を同じ役者が演じているとは信じ難い。衣装、メイクが違うとはいえ前代未聞の演技と演出と言っても過言ではない。
出所後にゆかが「老けたね」と言ってもその言葉が違和感なく入る程。

そして圧倒的技術のカメラワーク。目線にあったカメラワーク、特に喧嘩の場面では写実的で臨場感のある映像が使われあまりの壮絶さに思わず目を背けてしまった場面がいくつかあった。逆に車で襲撃された場面など手持ちでゆっくり近づいていく姿は悲哀に満ちていた。
最初から最後まで飽きさせるどころか釘付けのその先、さながら自分が体験しているかのようだった。

【時代について】
始めのスタッフ紹介の文字や配列、カメラの枠から時代の細かな設定が秀逸。

生きづらさについては映画を見たまま、現実で生きる私の経験共に思っての通りだが、その目線からは逆に昔の自由さに驚いた。銭湯を例にあげると刺青の入った体でつかる姿は異様のように思えた。私も知らないうちにかれらを生きづらくさせる人間だと知った。

スマートフォンについても山本が大きく画面をスワイプする姿は慣れない動作を印象づけ、その後写真によって巻き起こされた騒動は山本にとっては予想もできない未来だったと思う。にもかかわらず自分のせいで不幸にさせてしまったゆか達に率直に謝罪ができる姿は自分抜きで純粋に相手のことを思っての事。

時代が変わりヤクザは生きにくくなったと言われていたがヤクザも時代と共に変わっており「仁義を通し男を磨く」という当初の親父の掲げたヤクザであり続けたのは山本だった。

【細野】
非難などではなく、純粋に時代を生きることとはこういうこと。というヤクザや不条理の多い世界の模範例の様な人に感じた。

「兄貴が出てくるまではと思ってたんですけど」「5年ルール」
「お前が写真をあげなければ」
「兄貴と会わなければ」

再会した時に自分の娘の写真を楽しげにみせていたが、あれだって逆の立場だったら気分を害していただろう。良くも悪くも自分本位、責任転嫁、けれどそれが人間と思わせるセリフだった。
同じ職場に山本をよんだのは罪悪感か情か癖か分からなかったが「自分たちの幸せのためにもう二度と関わらない」と言ったならそれを貫くべきだった。その責任込で発するべき言葉だった。SNSに触れたことがない山本ならまだしも、SNSとともに人生を歩んだ細野は本当に写真の危険性に気が付かなかったのか。元のヤクザの話をしたり写真を自分に送ってと言ったり「ヤクザであったことの生きづらさ」を楽観視していたのは本当は誰だったのか。
ヤクザになる前、山本が麻薬とお金を手にした際も喜んでおりかなり慕っていた。もちろんそれは素晴らしいことだが決断を他人に任せていた期間が長く自身の決断による成功体験が少ないがために、初めて自分で家族と生きると決断し残酷に散ってしまった時、軸足が崩れてしまったのではなんて考えてしまった。

【家族】
ーーー山本
本当の父親に支配されていた山本を助けた親父。ケジメをつけるところはしっかりつける姿勢がまさに男。そんな厳つい背中から包み込む愛を力強く受けた。
タイトルが「家族」と言うだけあり多くの家族が出てきたが個として成り立っている家族を気持ちや状況が繋いでいく姿は何本ものドラマを見ているようだった。

「ヤクザで人殺しが親なんて娘に言えない」
その気持ちを尊重し本当のことを告げない山本の姿は今まで愛を求めがむしゃらに走った姿と異なり家庭的な温かさがあった。「ほんの一瞬だったけど楽しかった」この一瞬がどれだけ今までの人生の救いになったか涙が出た。

「家族を大切にな」
と親父に言われた山本はもう自分の家族にできることはなく
「お母さんを大切に」
と翼を守った行動は

「もう一度会いたい」
「娘を産んでくれてありがとう」
「楽しかった」

でもその生活を続けることは出来ない、自分の生きる道はヤクザしかなかった。と言っているようで心に深く刺さった。

ーーー翼
「俺たちみたいになるなよ」

させないわよと言っていた母親は何を思い翼を育てていたのか。抗争に巻き込まれた旦那、翼がその面影と重なるように復讐に行った時、写真を見て何を思っていたのか。

山本から翼への愛の注ぎ方は自身が親父にされた時のそれで家族としての愛が繋がっていくように思えた。
山本に花束を捧げる場面はその前の山本の墓参りの場面と重なり追いかけていた存在に近づいた。幼い頃「復讐で懲役なんてかっこいい」とテレビを見て言った少年は、実際の場面を見てどう思ったのか。

「お父さんのことが知りたい」
生まれてから復讐を考えるまでに強く考えていた翼にとって、その言葉をかけられた瞬間はどんな気持ちだったのか。そしてそれが山本だった時何を話すのか。考えもまとまらないうちに直面した状況に溢れ出す気持ちが止まらない姿に心をかき乱された。


「私はその愛を普通に選べるということを実感しました」
なんて軽い感想なんてとても言えないような重量のある映画。

始め、人が血を流し水の中にいるところは映像に出たがヤクザの抗争か何かだと気にもとめていなかった。
途中心を鷲掴みにさせるストーリーに演技、演出ですっかり忘れていたがここに繋がるのかと、1度始まった糸が絡まりながらも終わりを告げたように合点した。

愛だけを求め続けただそれだけに走り続けた彼は最後に何を思い海に沈んでいったのか。見たことの無い解き放たれた笑みを浮かべた表情の裏で何を考えていたのか。
その答えは彼だけのもので永遠に浮び上がることは無い。しかし考えずにはいられない。色んな感情が渦巻き心に傷跡を残すような素晴らしい映画でした。

しの

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